都内にお住まいのご常連さんですが、2台のPEN-FT(B)が来ています。最初の個体は、先日の地震によって棚から落下の災難にあったようです。それによって巻上げレバーが固着して回転しませんね。分解してみると樹脂製のベアリングホルダーが割れていました。他のユニットに交換した方が簡単ですけど、レバーがブラックですからすべて組み直してあります。幸い、その他プリズムなどに落下の損傷はありませんので通常のオーバーホールをして行きます。
汚れの多い個体でしたが接眼プリズムのコーティングが劣化していた以外は特に問題はありません。とは言ってもハーフミラーは劣化交換。露出計の感度低下を調整してあります。完成後はご覧のようにきれいで、勿論、巻上げも快調・スムーズとなっています。
2台目です。こちらの方が荒れている印象ですね。過去に修理歴ありでフレネルレンズは改造で、両面テープ貼りのシボ革が大きく剥離をしています。両面テープは耐久性は5年程度で、時間の経過でビニール素材が縮んでしまうのですね。このままでは再使用は厳しいところです。
よくよく観察すると、シボ革の上下の隙間を目立たなくするため、黒いテープが貼られています。
シボ革を剥離してみるとね。変質して軟化した両面テープの糊がすごいことになっています。ちょうど、100円ショップに売っているネズミ捕りの粘着シートと同じです。これは困ったことになったぞ。このような状態になった場合は、溶剤でも除去が難しく、この後、1時間ほどの工数が掛かりました。すでに縮んでいるので、再使用が出来るか不明ですが、取りあえずシボ革裏の糊も落としておきます。
分解とそれぞれの部品の洗浄前のモルトカスなどを除去して部品の状態をチェックしますが、ファインダーの本体に疑問があります。この画像から読めることは、この部品は製造初期から22万台付近までの個体に使われた部品で、しかも、後年に基板別体タイプの露出計ユニットへの交換を受けて、この部分に基板を取り付けられた履歴があるということです。本体や他の部品の整合性は良いと思いますので、この部品だけなぜ古い部品と交換されなければならなかったのでしょう? この個体のCdsはリプロ品と交換されています。
巻上げ関係、シャッターユニットを全て洗浄して組み上げています。特に問題となる部分はありませんでした。
前板関係。リターンミラーユニットを洗浄注油で組んでいます。フレネルレンズはオーナーさんのご希望により、純正品に戻しています。ピンセットでつまんでいる遮光クロスですけどね。分解された経過のある個体では、押さえバネの外側になっているものが多いのですが、正規は画像のようにバネの内側でフレネルレンズとの間で押えるのが正しいです。この個体も外側になっていましたが、これでは遮光の意味がありません。
メカは調子よく仕上がっています。問題は字シボ革ですね。ご覧のように、終戦直後の子供のようにツンツル天の洋服を着ているようです。じつは、シボ革には材質の違いで二種類あるのです。
左は殆どの個体に使われていた材質。右はこの個体に付いていたもので、後期の個体に使われています。寸法を計測すると、左のシボ革に対して上下左右で1mm以上縮んでいることが分かります。左の材質もすでに縮みはありますので、実際にはそれ以上の縮みなのでしょう。画像では良く分かりませんが、右のシボ革の方が、材質が硬い感じで手触りも滑りやすいものです。正確な材質は不明ですが、PP(ポリプロピレン)に似た印象です。時間の経過と縮みで新品時よりもより硬化しているのでしょう。この材質は35DCなどに使われているものと同一で、そうだとすると、従来の接着ではなくて、両面テープ貼りがオリジナルのはずです。それが劣化したために、別の両面テープで補修貼りされたものかも知れません。交換用の純正良品も在庫していますが、今回はそのまま再使用することにします。
この三日月形のプレートはレンズサイドカバーと言って、要するにミラーボックス内左側のプリズムのボロかくしです。プリズムの分離時には剥離をしなければなりませんが、不用意にはがすと、この個体の右のように上部の凸が千切れてしまいます。これは良く見ますね。体裁だけで、特に性能には影響しないので、このまま再使用します。
なんだかんだ有りましたが、2台とも調子よく仕上がっています。地震の影響による故障がこの程度で良かったですけど、不謹慎ではありますが、被災地にもPENは生き残っていただろうになぁ、とか思います。
で、息子用のセイコーマーベルです。組み上げた機械は非常に優秀で、今だ未調整ですが平置きですが、日差1-2秒です。初期型の程度の良い小径ケースを研磨したものに文字盤や巻き芯、リューズ、それに研磨した風防を新品で組み上げました。小ぶりで思惑通りですが、文字盤と風防が新品のため、見慣れているアンティークの黄ばみ感が出ませんね。まぁ、何十年かすれば良い感じになるでしょう。その時は私はいませんが。バンドはイタリー製ですが、今回は薄手の型押しカーフを選択しました。当時のバンドは馬皮などが純正採用されており、薄くチープなものですので、あまり高級感のあるバンドは似合わないと計算しました。また、最近流行のDバックルも初採用です。尾錠の針を装着ごとに穴に通さなくても良いため、バンドの耐久性が上がるとの事ですが、さてどうですかね。
装着するとこのような感じ。Dバックルには形式に二種類ありますが、今回は腕の細い人に合う観音開き式のポリッシュタイプを選択しています。時計のコストよりバンドの方が高いんですよ。とほほ・・
中々良い雰囲気でしょ。文字盤は「S」マーク付き、アップライドインデックス(アラビア数字)は大変人気のある貴重なアイテムです。針は金針を選択したことで、薄く小径でシンプルなのに洒落っ気がある計算どおりの仕上がりとなりました。マーベルは後期には19石、21石も発売されますが、初期型の小型ケースを使う関係で、機械も17石としで整合性を取っています。風防のドーム型も違和感はないでしょ。今後の風防調達に目途がつきました。この時計は1957年(昭和32年)4月製で、戦後の復興から、やっと時計の先進国スイスの時計に追いついたという非常に優秀な量産時計です。あの頃の勢いが現在の日本に必要なのではないでしょうか。