「女給さんたちって、きっとおきれいですよね。それでも、小夜子さまを旦那さまは選ばれたんですね?」
聞き覚えのある声に、「ひよっとして、幸恵さん?」と振り向いた。
「覚えていてくださったのですか? 感激です!」。思わず小躍りする幸恵だった。
「あらあ、お久しぶりね。どう、お元気でした? もう、学校は卒業かしら?」
小夜子をとり囲む娘たちの中に入り込んで、幸恵の手をしっかりと握りしめた。
羨望と嫉妬心の入り交じった視線を受けながらも、小夜子の在学中でのことを思い出した。
やっかみの声やらを受けながらも、小夜子のそばを離れることのない幸恵だった。
兄である正三との交際が公然の秘密となっていたが、幸恵はそのことについては堅く口を閉ざしたままだった。
二人が結ばれる日が来るまでは――親が許すはずがないと半信半疑であり、駆け落ちするのではないかと思う幸恵だった――絶対に漏らしてはならぬと決心していた。
ごめんなさい、脱線してしまったわね。
初めはね、足長おじさんのつもりだったと思うわ。
ちやほやされてばかりの中で、憎まれ口を叩く小娘が珍しかったのよ、きっと
。だって、あたしなんかよりずっときれいな人、たくさん居るもの。
女給さんもそうだけど、銀座という町を歩いている女性って、みんな女優さんみたいにきれいな人ばかりだから。
あたしくは、ほんとに運が良かったのよ」
一見謙遜の態を見せる小夜子だが、その言外に、その表情には明らかに“あたしだからなの、誰でもいいわけではないのよ!”と宣しているように見受けられた。
「そうね、週に一回かしら? いつもお店を早退させてくれて、食事の後にはお店に戻るみたい。
あたしは、そのまま帰宅したけれど。
ビーフステーキって、分かるかしら? 牛のお肉なんだけれど、こーんなに分厚いの」
娘たちのため息が洩れる中、小夜子の話は続いた。
「でもね。あたくしだって、のほほんとくらしていた訳じゃないことよ。
お昼はイングリッシュスクールに通って、すべてイングリッシュでの会話なの。
日本語なんて、誰も使わないの。グッドモーニングに始まって、グッドバイで終わるの。
ううん、スチューデントは全員日本人なのよ。
ティーチャーはアメリカ人ですけどね。あ、ごめんなさいね。
スチューデントは生徒で、教師はティーチャーと言うの。ご存知だったかしら」
得意満面な小夜子に、誰もがうんうんと頷くだけだ。
女王然とする小夜子の性格を知る、賢い娘たちだ。
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