昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(二百四十九)

2022-06-22 08:00:28 | 物語り

「ごめんなさい、悪い口でした」と、消え入りそうな声が小夜子の耳に届いた。
「あたくしこそ、声を荒げてしまったわね。
まあね、周りの人から見れば、タケゾーに嫁ぐあたしは玉の輿でしょうね。
でもね、タケゾーに拝み倒されての婚姻なのよ。
とにかくあたくしは、アーシアと世界を旅することに決めていたから」
「おかわいそうですわ、小夜子さま。
アナスターシアさんがあんな亡くなり方をなさるなんて、思いもかけぬことだったでしょうから」
「そうね、ほんとに。あたしが付いていてあげれば、きっと死ぬなんてことは……」
 小夜子が目頭をそっと押さえると、その時を待っていたかのごとくに、取り囲んでいた娘たちすべてが、それぞれにハンカチで目を押さえた。

「終わったことよ、もう。くよくよとしていたら、アーシアが悲しむわ。
そうそう、出会いでしたね。あたしは、キャバレーで煙草を売っていたのよ。
女給さんじゃないの。酔いどれ客の相手なんて、してません! 
でもね、タケゾーは強引でね。
梅子お姉さんに頼み込んで、お店のマネージャーまで巻き込んでのことなの。
梅子お姉さんというのは、女給さんたちのまとめ役をしてみえるのよ。
もう姉御肌の女性で、肝っ玉の据わった女傑なの。
女のあたくしから見ても、ほんとにステキな女性なの。
でね、マネージャーに頼まれてね、仕方なく話し相手になったの。
初めは嫌な男だったんだけど。散々悪態を吐いてやったのよ。
でも『面白い娘だ、気に入った!』なんて、言うの。
何度目だったかしら、三度目、いえ四度目ぐらいかしら。
根負けしちゃってね、一度だけのつもりで、お食事に付き合うことにしたの。
部下の専務さんに言い付けて、マネージャーの許可を取ったのよ」

 目を爛々と光らせて、小夜子の次の言葉を待っている。
男と女の生の話など、そうそう聞けるものではない。
しかも、いかに小夜子が否定しようとも、玉の輿に乗った小夜子の話である。
ひと言も聞き漏らすまいと、皆が皆、聞き耳を立てている。

「その時はね、お寿司を頂いたの。
お寿司といっても、あたしたちが食べるお寿司とは、まるで違うの。
皆さんも、夕べ、出たでしょ。
ご飯の上に、お刺身が乗っかっていたもの。あれなの、あれ。
もうとっても美味しくて。お店の大将がびっくりするほど、食べちゃったの。
『食べっぷりがいいねえ』なんて、褒められて。
それ以来、もうプレゼント攻勢。
毎晩みたいにやってきて、ブローチやらペンダントやらをプレゼントしてくれるの。
女給さんたちに羨ましがられて。ううん、どころか憎まれちゃって。
大変だったわ、ホントに。でも、梅子お姉さんの計らいで、無事収まったけれど。
タケゾーも、怒ってくれたし」



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