昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (五)ホテル

2024-12-20 08:00:48 | 物語り

「結婚しょう!」と言いだすこともない日々をつづけ、その間いくどか中絶をさせた。
そして、「これ以上は母体に異常をきたし二度と子どもが産めなくなるよ」と、医者に注意された。
〝いまのままではだめだ。何とかしなくては。
しかし、定職に就いていない俺では…。
あいつを水商売でよごれさせている俺だ。
あのこと以来なにをやってもうまくいかない。
なんど転職しただろうか。いまじゃ、アルバイトの毎日だ。
いまは、なにに対しても情熱が湧かない。ヒモ同然の生活だ〟

 しかし焦ればあせるほどに、両手から水がこぼれおちる。
こぼれおちた水は大地に吸いこまれて、二度と男には見つけることも触れることもできない。
幾人かの友人の伝手をたよって就職活動を行ってみるが、職を失った理由を詮索されてはいかんともしがたい。
男の不手際から会社に損害をあたえ、落伍してしまった。
「待っててくれ。きっと、舟を探してくる」と言いのこしはしたものの、当てはない。
逃げ出しただけかもしれない。しかし探さねば! と、男は思いつづけた。

「ネエ、おじさん。なに考えてるの?」。不満気に娘(少女とはもう呼べない)はたずねた。
「ああ、ごめん。ちょっと、ね」
「おじさん、寒くない? マントを一緒にしようか? 暖かいよ、とても。
うん、そうしよう。」

 娘は男のへんじをまたずに首のボタンをはずし、男の肩にもかけた。
そして左手を男の腰にまわすと、ピッタリと寄り添った。
男は苦笑しながらも、娘のその思いやりに頬がゆるんだ。
「ありがとう」
「いいのよ。だけどさ、あたいたち、どんなふうに見えるかなあ。
おやこ? だけどあんがい、フフ、恋人に見えてたりして。フフフ」

 娘ははしゃいでいた。はしが転がっても笑いだす年頃なのだろうか。
しかしときおり見せる妖艶な目つきに、男は衝動を感じる。
その度に、強く戒めた。
 しばらく沈黙をつづけながらネオン街をあるき、歓楽街のはずれにある屋台でラーメンをすすった。
さかんに「おいしい、おいしい」と嬌声をあげながら、パクつく娘だった。

 体も温まり、またふたりして当てもなく歩きはじめた。
五分ほど歩いたろうか、とつぜん娘がみじかく言った。
「ホテルに行こう!」
「いや、帰りなさい。送って行こう」
 男は予期していたかのごとくに、前を見たまま強く言いはなった。
娘は立ち止まり、じっと男をにらみつけた。
それは妥協を許さない強い目だった。

男がいくら説得しても、ガンとして動かない。
男は、困惑しつつも悪い気はしなかった。
「わかった、わかった。仕方がない。
丁度あそこにホテルが見える。今夜はあそこに泊まろう」
 娘は目をかがやかせてすこし先のホテルへと、男の手を引っぱって走った。

男はむすめの本心をはかりきれずにいた。
こうなることを期待しつつ声をかけはしたが、娘と接するうちにそんな自分に嫌悪感をいだきはじめた。
しかし物おじせずに部屋のドアを開けるむすめを見て、男はつくづく世代間の差を感じた。



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