昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

小説・はたちの日記  十二月三十日  (曇り)

2024-12-15 08:00:30 | 物語り

[へっへっへえぇぇだ!]

いま、ぼくが何処にいるか、わかるかい? 
長い付き合いだったけれど、いよいよきみともお別れだ。
もう、きみに愚痴をこぼすこともなさそうだょ。
そんな悲しい顔をするなよ。
それとも、楽になった? 
まだたくさんの白いページが残っているのが惜しい気もするけど、きみだって、きみの愚痴を書きたいだろうから、そのために残しておくよ。

だけど、訳もわからぬままにきみと別れたんじゃ、きみも変な気持ちだろうから、すこし説明しょうか。
というより、聞いてほしいんだよ。
そして、本日をもって書きおさめだ。
長い間、日記くん、ご苦労さまでした。
 
さくや、十時すこし前に駅に着いたんだ。
そうしたら、改札口でひとり寒そうにふるえているチコを見つけたんだ。
間に合わないと思っていた電車に、間一髪ですべりこみセーフ。
それで、三十分ほど早く着いたんだって。
ぼくは十時だと思って、ゆっくり出たろう。
三十分も待たせちゃったよ。
チコ、怒ってはいなかったけど、やっぱり不機嫌だった。
でもね、すぐに機嫌をなおしてくれた。

[屋台のラーメン]
 
駅前の屋台で、ラーメンを食べた。
それからどうしたと思う? ジャ、ジャーン!
チコがね、この町にアパートを借りていたんだ。
ぼくがそこに居てもいいんだって。
電話を引いたから、いつでも話ができるんだ。
へっへへー! だ。

でね、そのままアパートに直行。
ところが、着いたとたんにチコはダウン! 
つかれたんだろうな、ヘナヘナと座り込んじゃった。
ホント、へなへな、と。
それで、水をすぐに渡した。
これじゃ、どっちがお客か、わかんないよ。

ま、いいか、ぼくの方がいつもこの部屋にいることだし。
ぼくのアパートのようなものだから。
そうなんだ、引っ越しておいでって、さ。
それから、チコの希望通りに、ベッドに運んだ。
抱き上げる力はないから、引きずるようにしてね。
重いんだよ、チコ。そう言ったら、怒ったけれどね。

おいおい、変なことはしてないよ。
正直、はじめての女性の部屋だろう、緊張したあ。
まだ家具類はないけれど、ステレオ・テープデッキ・ギター、そしてレコードの山だ。
さすが、歌手だね。そういえば、楽譜もスピーカーの上に山づみだった。
だけどひどいよな、隠してるんだから。
十日ぐらい前なんだって、ここに入ったのは。
言ってくれれば手伝ったのに。
驚かすつもりだったって、年明けに。

[ご苦労さまでした]
 
帰らなくちゃと思って、チコの寝顔をのぞき込んだよ。
すごく感動した。だって、キレイな寝顔だったもん。
それでね”サヨナラ”って、小さく声をかけた。
そーっと、ドアを開けようとしたら、うしろから天使の声。

「あら、帰るの? もう遅いから、泊まっていったら?」って。
「でも……」って、逡巡したら
「あら、いいじゃないの。それとも、だれかが待っているのかなあ」だって。
一瞬、おふくろの顔が浮かんだよ。
あした迎えに来るだろう。
それまでに帰ればいいかって、帰るのを止めたわけだ。

そうそう、チコがすごく気にしてる。
いつも君を持ち歩いているだろう、だから。
見たいと言われても、きみだけはチコにも見せられない
いま、うしろのチコから隠すようにして書いてるんだ。

ピッタリとくっついてくるチコの、ほのかなというのかな、包み込まれるような素敵な香に、体が熱くなった。
安心しろよ、見せなかったから。
だけど、きょうできみともお別れだ。
ながい付き合いだったけれどね。十年かな、もう。
本当にありがとう、いままで。
そして、ゆっくりと休んでください。
ご苦労さまでした。 



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