昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(二百五十六)

2022-07-07 08:00:24 | 物語り

 茂作には聞かせたくないと、外に出た。
「正三兄さんの小夜子さまへの仕打ち、あたし納得がいきません。
そりゃ烈火のごとくに怒った父に、恐れを為すのはわかります。
あんなに怒った父を見たこと、あたしありませんでした。
でもでも、音信不通状態をつづけるなんて、あんまりだと思います。
たしかに秘密のお仕事で、外部との連絡をいっさい禁じられてはいたのですが。
でも、でもやっぱり……」と、結局のところは、正三を擁護する言葉で終わった。

「いいのよ、もう。ご縁がなかったということ、正三さんとは。
それでいまは、どうしてらっしゃるの? 
お仕事もお忙しいでしょうけれど、どなたかとご婚約の話があるのでしょうね」
たっぷりの皮肉を込めた小夜子なのだが、幸恵には届かない。
「はい。仕事が忙しいのは相変わらずなのですが、実は、良からぬ話が聞こえてまいりまして。
その、また、父が……」
 顔を曇らせながら、話をためらう幸恵だ。

「あらあら。良からぬ話だなんて、良縁に恵まれたのではないの?」と、なおも針を突き刺そうとする。
「兄にとっては、なのですが、父にはとうてい許せるような相手ではなくて。
たしかに、兄には良縁といえるかもしれませんが……」
 正三にとって何なのか、ぐずぐずと口ごもるだけではっきりしない。
「あら、さぞかしご立派なお家柄のご令嬢だと思いましたのに。
お父さまがお許しにならないとは、道ならぬ恋というわけではないでしょうに」

 どうしても幸恵に痛みを与えねば気が済まぬとばかりに、ねちねちと責め立てる。
「あの真面目な正三さんがえらばれたお相手なら、きっと素敵なお方でしょうに。
かわいらしい方なのでは? でももお会いしたときには、なにもおっしゃられなかったわね」
 幸恵の苦渋に満ちた表情ぐらいでは気が済まぬとばかりに、責め立てる。
「ごめんなさい、小夜子さま。小夜子さまとのお約束を反故にしておきながら、兄は、兄は……」
 幸恵が言葉を詰まらせて、涙の筋が頬を伝い始めたところで
「あなたのせいじゃないことよ。さ、泣くのはおやめなさい」と、やっと矛を収めた。

「兄は、キャバレーの女給さんに熱を上げているのです。
『女給風情に!』と、父は怒り狂っているのですが。
でも今度ばかりは、兄も譲らないのです。
あ、申し訳ありません。こんなことなら、小夜子さまとのお約束を反故にしたことは何だったのか、と思えてなりません。
そんなわけで、いまは絶縁状態になっております。
叔父の源之助が仲立ちしてはいるのですが、中々に。
父もいまは、源之助叔父さまにお任せしているような状態でして。
ですので、母が宴に出席しませんでしたのも、兄のことで床に伏せているものですから」



最新の画像もっと見る

コメントを投稿