茂作には聞かせたくないと、外に出た。
「正三兄さんの小夜子さまへの仕打ち、あたし納得がいきません。
そりゃ烈火のごとくに怒った父に、恐れを為すのはわかります。
あんなに怒った父を見たこと、あたしありませんでした。
でもでも、音信不通状態をつづけるなんて、あんまりだと思います。
たしかに秘密のお仕事で、外部との連絡をいっさい禁じられてはいたのですが。
でも、でもやっぱり……」と、結局のところは、正三を擁護する言葉で終わった。
「いいのよ、もう。ご縁がなかったということ、正三さんとは。
それでいまは、どうしてらっしゃるの?
お仕事もお忙しいでしょうけれど、どなたかとご婚約の話があるのでしょうね」
たっぷりの皮肉を込めた小夜子なのだが、幸恵には届かない。
「はい。仕事が忙しいのは相変わらずなのですが、実は、良からぬ話が聞こえてまいりまして。
その、また、父が……」
顔を曇らせながら、話をためらう幸恵だ。
「あらあら。良からぬ話だなんて、良縁に恵まれたのではないの?」と、なおも針を突き刺そうとする。
「兄にとっては、なのですが、父にはとうてい許せるような相手ではなくて。
たしかに、兄には良縁といえるかもしれませんが……」
正三にとって何なのか、ぐずぐずと口ごもるだけではっきりしない。
「あら、さぞかしご立派なお家柄のご令嬢だと思いましたのに。
お父さまがお許しにならないとは、道ならぬ恋というわけではないでしょうに」
どうしても幸恵に痛みを与えねば気が済まぬとばかりに、ねちねちと責め立てる。
「あの真面目な正三さんがえらばれたお相手なら、きっと素敵なお方でしょうに。
かわいらしい方なのでは? でももお会いしたときには、なにもおっしゃられなかったわね」
幸恵の苦渋に満ちた表情ぐらいでは気が済まぬとばかりに、責め立てる。
「ごめんなさい、小夜子さま。小夜子さまとのお約束を反故にしておきながら、兄は、兄は……」
幸恵が言葉を詰まらせて、涙の筋が頬を伝い始めたところで
「あなたのせいじゃないことよ。さ、泣くのはおやめなさい」と、やっと矛を収めた。
「兄は、キャバレーの女給さんに熱を上げているのです。
『女給風情に!』と、父は怒り狂っているのですが。
でも今度ばかりは、兄も譲らないのです。
あ、申し訳ありません。こんなことなら、小夜子さまとのお約束を反故にしたことは何だったのか、と思えてなりません。
そんなわけで、いまは絶縁状態になっております。
叔父の源之助が仲立ちしてはいるのですが、中々に。
父もいまは、源之助叔父さまにお任せしているような状態でして。
ですので、母が宴に出席しませんでしたのも、兄のことで床に伏せているものですから」
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