昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~(四百十九)

2024-04-16 08:00:49 | 物語り

 それは突然のことだった。
武蔵が入院して、ほぼひと月が経っていた。
「なんでいまごろになって!」と、憤りの気持ちがきえない。
週刊誌の記事に、武蔵の刺傷事件が面白おかしく載った。
『親の仇討ち! ~義侠心からのこと~』

 銀座の有名百貨店における刺傷事件として新聞記事になりはしたものの、一報だけで終わっていた。
むろん被害者として武蔵の名前が発表されはしたが、単なる三面記事であり続報として載ることもなかった。
取引先からちらほらと問い合わせが入りはしたが、「軽傷です」との答えに大きな動揺は起きなかった。
また入院が長引いていることについては、「この際休養も兼ねて、持病の肝疾患も治療しています」と答えていた。
一部いぶかる向きもあったが、五平と真理江の結婚話が持ち上がっているとの噂をながして動揺を抑えきった。

 それがいまになって、詳報が出てしまった。
――――
 犯行に至った男が、その足で自首をした。
その出頭先が日本橋署ではなく新宿署だったことから、警察内部では身代わり出頭かといきりたった。
しかし日ごろ懇意にしている刑事の元に、その刑事の点数稼ぎのためだということが分かった。
もちろんその裏には「自首をしたのだから」と、情状酌量の余地をのこしておきたいという思惑があったとも報道された。
 有名百貨店での犯行であることから、新聞報道ではトップ記事になるかもしれない、そのおりに少しでも斟酌された記事内容になるように根回しをと、犯人がその刑事に懇願した。
動機について、「老舗の大杉商店が倒産したのは、被害者が経営する会社によってのことだ。
義憤にかられて、天誅をくわえた」と自白した。
「大杉商店の三女と懇意にしていたが、とつぜんに姿を消してしまった。
それが最近になって連絡がはいり、夜逃げの真相をきかされた。
そして親の仇討ちとばかりに新会社を立ち上げたが、結局相手の卑劣な手段によって、またしても倒産させられた」
と聞かされて、卑劣な男だと知り、社会に害を与える男だと思った。
犯人としては義侠心にかられてのことであり、私利私欲からではないと強調している、と。
――――

 続報として、「犯人の身元照会の結果、未解決事件の参考人であることがわかり、結局は重罪犯としてきびしく取り調べを受けることになった」と、他のゴシップ専門の週刊誌に載った。
さらには、武蔵の女ぐせの悪さも調べ上げられて、当初の被害者であることからの同情論が消えていってしまった。
もっともそのことは業界ではすでに知られていることであり、富士商会の業績に響くことはなかった。
ただ、弁解をさせられる社員たちが辟易したことはいうまでもない。

 



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