昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(二百七十八)

2022-11-01 08:00:12 | 物語り

 にこやかな表情のまま突っ立っている竹田に、ぶっきら棒に告げる小夜子。
竹田のことは、もうまるで眼中になかった。
「明日は、一日会社で待機しています。ご用がおありでしたら、ご連絡ください。
すぐに飛んでまいります。千勢さん、奥さまのことお願いするよ」
「かえり道、事故をおこさないよう、気をつけてね」
「大丈夫だって、いつだって慎重運転だから。相手がぶつかってきても、きっとよけるから」
 ふたりを、家族間のようなほんわかとした空気がふたりを包んでいる。
兄妹といった風にも見えるが、新婚夫婦がかもしだす柔らかいにおいも感じる。
しかし一人っ子の小夜子には、なおかつ母との接触がほとんどなかった小夜子には、祖父である茂作との二人だけの生活しか経験がない。
今にしても、武蔵とのふたりだけだ。
「妹よ」と言ってくれた、あのアーシアにしても、もうこの世には居ない。
にこやかに会話を交わす二人に対しいらだちを覚えた小夜子が、声を荒げた。
「もう帰りなさい、竹田!」

「お疲れになられたでしょう? お風呂のご用意ができておりますが、いかがです? 
その間に、お夕食のしたくをしておきます」
「そうね、そうするわ。お夕食、軽めにしてね。会社で、すこし頂いてきたから」
「そうですか、分かりました。それじゃあ、おうどんにでもいたしましょうか? 
玉子をのっけた月見うどんなどはいかがです?」
「あら、美味しそうね。それじゃあ、それをいただくわ」
 竹田をとげのあることばで追い出してしまったが、それが千勢に対する嫉妬心からきたものだとは気づかない。
千勢は使用人であり、竹田もまた使用人としか見られない――はずだった。
しかし竹田の姉である町子に会ってからは、単なる使用人とは思えなくなっていた。
小夜子にとって町子は、唯一こころの許せる同性になっていた。
そしてその弟が、竹田なのだ。町子が親愛の情を持っている存在なのだ。
それはとりもなおさず、小夜子にとっても親愛の情を寄せるべき、いや寄せることが許される相手なのだ。
武蔵とはまた違った存在の異性なのだ。



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