「大丈夫だって! 梅子姉さんに聞いてもらいたいことがあるのの、今夜は。
それで、すこし武蔵を叱ってもらいたいの。もう少し浮気を控えろってね。
出張のたびに浮気をするんじゃ、ない! ってね。」
「ですから、今回の出張ではそのようなことは、」
「今夜はなくても、昨夜にはあったの。それとも、明日?
まあねえ、武蔵に浮気をするな、というのも無理な話だしさ。
そんなことをさせたら、武蔵は武蔵でなくなっちゃうのよねえ。
元気のない武蔵はきらい! でもねえ、妻としてはねえ、いつもいつも、ねえ」
なんど否定しても頑として受け付けない。決めつけている小夜子では、竹田がなにを言おうと矛を収めるはずもない。
それは分かっているのだが、竹田にしてみれば、つねに小夜子第一としている武蔵の浮気ぐせは、どうしても理解できない。
竹田の知る浮気というものは、たいていが夫人に難があり不満をいだいた夫がする女遊びだった。
そして周囲のはなしから、やむをえないことと思ってしまう事柄ばかりだった。
しかしこと小夜子に関しては、たしかにわがままなところはある。
短気な性格であることも知っている。竹田自身が身をもって体験している。
しかしそれとてその因をただせば、竹田の気遣い不足なことが多い。
それを正せば、すぐに機嫌を直すし、「ありがとう」のことばがかけられる。
世間一般と比較すれば、妻としては失格と評されるかもしれない。
おさんどんはしない――しかしそれとて裕福なお屋敷では当たり前のことであり、千勢というお手伝いがいることでもある――し、端からみれば浪費ぐせのある女ということになる。
そしていちばんの悪評は、「新しい女性」だと言い放つその傲慢さだ。
しかしそれは、ある意味小夜子の女性としての魅力ととらえることもできるし、なにより武蔵がそのことに対してなんの不満もいだいていない。
どころか、それを後押ししているきらいもみえる。
むろん、武蔵の本音はわからない。ご機嫌取りとしてのことかもしれない。
そんなふうにも感じる竹田だが、やはり武蔵は、小夜子第一なのだと確信している。
「おかしいなあ、今夜は。お酒を飲まれたわけでもないのに、どうもお顔の色はすぐれないし、ふらつきもみえるし」
竹田のひとりごとに小夜子が珍しく反応した。
普段ならば聞こえていないかのごとくに知らぬ顔を決める小夜子なのだ。
己の興味のないことにはなにもこたえないし、新たなはなしにすぐに移ってしまう。
「そうね。すこし、酔ってるかもね。となりの席のウィスキーに酔ったのかもね。
素敵なご夫婦だったじゃない? 一年にいちどの結婚記念日、しかも銀婚式だって。
奮発しての、お食事だっておっしゃってたわ。うらやましいわね、ほんとに。
竹田! あたし、武蔵と銀婚式できるかしらね? その前に、別れてるかもね」と、竹田に対してはじめて泣き言らしき物言いをする小夜子だった。
「さ、行くわよ。梅子姉さんのお店に、レッツゴー!」
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