小夜子の話が、一旦、止まった。なにごとかと、ざわつきだした。
「お疲れかしら」いう声があちこちから飛んだが、「ごめんなさいね。ちょっと自慢話というか、奢りだって言われないかとおもいましたの」と、らしからぬことに「そんなことありません。ぜひ、つづきをお聞かせください」と、催促の声が上がった。
「小夜子さまのお話が信じられないなんていうひとがいたら、承知しないわよ!
そんなひとは、すぐにここから立ち去りなさい!」
つよい口調の声が、部屋にひびいた。「そうよ、そうよ! 帰りなさい!」
「レディファースト。ご存じないわよね」
聞き慣れぬことばに、みながうなづく中、英語教師が声をあげた。
「女性を大事にするという、西洋文化の代名詞だ。
いままでの日本は女性を下に見る傾向があったが、これからはちがうぞ。
竹田嬢は、その先鞭だな。おめでとう!」
「在学中に、そのことばをおききしたかったですわ、三輪先生」
「ぼくのことを覚えていてくれたのか、そりゃうれしいや」
小夜子との会話を独占されていることに不満の声が上がり、同僚からたしなめられてその輪からはずれた。
「ただね、武蔵に言わせると、またちがった風景が見えますのよ。
日本では、男性の後ろを3歩さがって、と言いますわね。
でも西洋では、女性を先に、ということらしいですわ。
そのことについて、武蔵にはいち言ありますの。お聞きになりたい?」
いたずらっぽく笑って、話を途切れさせた。
どうやら英語教師はその意味が分かったらしく、輪の外から声をあげかけた。
が、女性教師が唇に指を当てて「だめ」と、さえぎった。
「西洋人は女を楯にした、と言いますの。そして日本人は、守ってやる、だ。そう言いますの。
でもねえ、どこまで信じていいものやら。ですから、証明しなさい、っていつも言ってやりますのよ」
勝ち誇ったような小夜子に対して、誰からと無く拍手が沸わおこった。
気を良くした小夜子は、「また自慢話になりそうですけれど。
実は、始めて連れられていったガーデンパーティで…。
マダムを怒らせてしまって……」と、話を止めた。
続きをと、催促する視線に満足げに頷きながら「殿方たちからいろいろとお声をかけていただきまして。
でも武蔵に恥をかかせるわけにもいかないからと、だまって微笑んでいましたのよ。
そうしたら、東洋の神秘だ! なんて言われて。
懐かしいことばでしたわ、それは。アーシアと一緒にいたときのことばでしたから」と、思わず涙ぐんでしまった。
もう、アナスターシアのことは吹っ切れていると思っていた小夜子だったが、まだ思慕の思いを抱いていた、そのことがうれしくもある小夜子だった。
「どうなさったんですか?」
突然に落涙した小夜子に、幸恵が問い掛けた。
「ごめんなさい。ちょっと」
「旦那さまが恋しくなられたんですか? 妬けちゃいます、ほんとに。ねえ、みんなもそうでしょ?」
「うらやましいです」と、一斉に声が上がった。話の催促ともとれる声だった。
「ごめんなさいね、ちょっと疲れたみたい。今日は皆さんありがとう。
また後日にでも、お話の続きをしましょう」
「そうですね、お疲れですよね。今日は、本当にありがとうございました。
ぜひにも、お帰りになられる前に、もう一度お話をきかせてください」と、不満げな娘たちをおさえて幸恵が応えた。
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