ご満悦の表情で竹田の値ぶみをする梅子だが、いつもはキヤッキヤッとはしゃぐ小夜子の静かさが気になっていた。
“社長がいないから、元気がないのか?
小夜子は、見た目はきつい女だけれど、あんがい淋しがりやさんだからね。
みなにきつく当たったり横柄な態度をとるのも、その裏返しかねえ。
あんがい、張子の虎なんだよ。この竹田という若者にきついのも、そのせいだよね。
けど、ほかにもなにかあるかもねえ。情ははないだろうが。
そういえば同じ竹田姓だけど、親戚筋かなにかかねえ……。
でもそうならそうで、社長がそう言うだろうし。偶然ということかい”
「どうしたんだい、今夜は。えらく静かじゃないか」と、小夜子に声をかけた。
「梅ねえさん、じつは、きもちちがわるいの……」
顔面蒼白状態で、必死の声をふり絞ってくる
「は、吐きそう……なの。うっ、うっ、うっ……」
うつむいていた竹田が、あわててハンカチを差し出した。
「小夜子奥さま、これに吐いてください」
瞬時の判断とその機敏な動きに、梅子も感心しきりだった。
“うーむ。こりゃ、うちの女給もかおまけだね。見習わせなきゃね。
しかしどうやら、本人が気付いているかどうかは分からないけれど、小夜子にホの字だね。
気づかなきゃいいけどね。そのまえに、なんとか所帯を持たせることだ。
社長に、ごちゅうしーん! とてもいこうかね”
「あたらしいお絞りです、どうぞお使いください」
実千代がにこやかなほほえみをたたえてやってた。
ボーイからうけとったお絞りを「こちらをお使いください」と差し出すや、引ったくるように受け取って、竹田がすぐさま小夜子に手渡した。
「小夜子、今夜はどうしたんだい? 体調がわるいようだね」
「煙草やらお酒のにおいがね、今夜はどうも……。どうしたのかしら、疲れてるのかしら……」
弱々しい声の小夜子に、竹田はただオロオロとするだけだ。
“社長の留守中に、小夜子奥さまがご病気になんてことになったらどうしよう。申し訳が立たないぞ”
“もう、帰りましょう”
喉まで出かかっていることばが、どうしても出てこない。
小夜子に片意地をはられても困ると、言い出せないでいた。
竹田の忠言に対して、素直に従う小夜子ではない。むしろ逆へと行く小夜子だ。
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