その後、奉公先での出産立ち会いの機会が多くあった。
身内ではないということもあってか、それともなんどかの経験をえたことからか、おちついたこころもちで見ていられれた。
たっぷりのお湯を用意したり、妊婦への声かけなどのてつだいを数多く経験している千勢だ。
不安がる小夜子の気持ちが手にとるように分かり、「いまれんらくしました」「すぐおみえになります」と声をかけつづけた。
「あ、いいわ。治まったから、もういいわ。ああ、びっくりした。
なんなの、あれって。まさか、違うわよね。千勢、やっぱりタクシー呼んで。
やっぱり病院に行くわ。どこか悪いのよ、わたし。
そうよ、無理したからだわ。お医者さまに言われてから、がんばり過ぎたのよ。
お散歩、するんじゃなかったわ。三十分のお散歩を、朝夕の二回もするなんて。
それも毎日よ。お休みしたのは、雨の日だけだったでしょ?
風の強い日も、お休みすれば良かった。ああ、あたし、このまま、きっと死ぬのよ」
痛みはおさまったものの、またあらたな不安が小夜子をおそった。
陣痛がおきてはじめて出産に至ることは、なんども医師から説明を受けている。
母親になる誰しもがとおるべきものだと、周囲からも聞かされている。
“大丈夫、だいじょうぶよ。あたしは陣痛のいたみになんか負けないわ。
ちっちゃいころから病気らしいびょうきもしたことがないんだから”
「つわりにしろ陣痛にしろ病気じゃないから心配はいらないから」
なんど待合の先輩妊婦たちに聞かされたことか。
そしてまた「終わったらね、ケロっとしたもんだから。なーんにも心配はいらないから」と聞かされている。
それにしては、と小夜子には思える。こんなにいたみが強いはずはない。
死ということばが小夜子におそいかかっている気がしている。
「薄幸の美少女って言うけれど、あたしがそうだわ。
でもどうしてこんなに、苦しまなくちゃいけないのよ。
あたし、なにか悪いことをしたかしら? 新しい女として、一生懸命に生きてきたのに。
神さま、ひどいわ! えっ? 産婆さんが来た? そうじゃないでしょ!
病院に行くのよ。きっと悪い病気にかかってしまったのよ。あ、あ、また来た。痛い、痛い、痛いのよ!」
さすがに、ここまで痛みを訴えつづける小夜子が心配になった千勢が、産婆をよんだ。
まだ早いと思いつつも、武蔵から前金だといって謝礼をもらっている。
ハイヤーのお迎えがきては、
他に予定のある妊婦もいないことだしと、押っ取りがたなでかけつけてきた。
千勢からはなしを聞くにつれ、大声でさけびつつけている小夜子を、産婆はあきれ顔で見るだけだった。
「でも。奥さまのごようす、ただ事じゃないと思いますけど」
「いいから、このままにしておきなさい。まだまだよ、これからなんだから」と、言うだけだった。
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