昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (三百九十四)

2023-10-24 08:00:30 | 物語り

富士商会の次回納入時の交渉では、言った聞いていないの水掛け論となり、それならば「元の問屋との取引を再開する」と突っぱねられた。
このメーカーとの取り引きによる恩恵は大きい。
富士商会の信用度があがるし、すそ野がひろい業態であることで関連する企業も多い。
2年越しで狙っていたメーカーでもあり、なんとしても口座を開かせたかったのだ。
定石通りに通っていたのでは、この先なん年も、いやそもそも取引自体が難しいかもしれない。
お得意の素行調査をやってみたが、係長は落とせても謹厳実直を絵で描いたような課長は、難攻不落だった。
家族にまで広げたけれども、落とせる情報が皆無だった。
結局実利を与えることでしか、取引は成立しなかった。

結果、値上げは見送りとなった。しかし武蔵にしても利益なしでの取引をつづけるわけにはいかない。
結局のところ、大量の買い付けを行うことで仕入れ単価の値下げを勝ち取り、なんとか利益を出すことができた。
そしてこのことが、大量買い付けによる仕入れ単価の値下げを要求するという、富士商会のスタイルが決まった。
しかし売れ筋の商品を大量買い付けすることは、他の業者からの反発が大きく難航することばかりだったが、五平のGHQを利用した交渉が実ることになった。
おかげで、大杉商店は同業者たちから轟ごうたる非難を受けることになり、次第に商売そのものが先細りとなった。

そこでお詫びの印にとばかりに、一部の売れ筋商品を富士商会からまわすことになった。
ただその商品の中に不良品が混じり込んでいることが発覚し、それがとどめとなってしまった。
武蔵にいわせれば、買い付けた商品の検査を怠ったことが悪いのだということであり、現に富士商会の商品からは出ていないということになる。
そして返品を要求する大杉商店には、一旦他店に売り上げられた商品の返品は受け付けられないと、断固拒否した。

信用をなくし取引先が逃げ出したのでは、先行きがみえている。 
仕入れ先からも見限られて、さらには前金なら商品を渡すという詐欺にまでひっかかり、番頭すらもなけなしの金をもち逃げしてしまった。
店じまいをすることになった大杉商店だが、同業者のだれもが「はめられたな、ありゃ」、「富士商会ってのはエグいことをする」と同情の声が上がりはしたものの、富士商会に正面切っての非難はなかった。
「そもそもがだ、軒を貸してひさしをとられたってことだろう」。これが大方の声だった。

「大丈夫ですよ、その点は。特例中のとくれいだってことを伝えてありますから。
新入りの藤本なんか、ぼくが何度いっても門前払いの吉田工業との取引を成立させたんですよ」
と、しかしそれでもなお食い下がる服部に対して、
「それでもだ。節操がない会社とおもわれる」と、取り合わない。

「1回目は通常取引で、2回目からおまけ作戦をとりました。
みんな営業に苦労している所ばかりなんです。特例として許してやってください」
 すがるような視線を、営業全員がいや富士商会社員全員が、武蔵に向けた。
「しかしなあ……。まあ、お前たちの判断にまかせるといったのは事実か。
しかし服部、事後承認でいいと言ったんだぞ」
「はい、分かっています。でも『ダメだ』って言われそうだったんで、セール終了後にしようと思いました。
すみません。責任はぼくがとります。給料を減らしてください」



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