昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(三百三)

2022-12-28 08:00:31 | 物語り

「母さん、分かったから。死んだ父さんに言われたんだよね。
ありがとうって、言われたんだよね。笑い顔ひとつ見せなかった父さんが、言ってくれたんだよね。
それが嬉しかったんだよね」
「お母さんの時代はそれで良いわよ。でも、あたしは違うの。ねえ、小夜子さんもそうよね。違うのよね」
 小夜子に同意を求める勝子だが、実のところは何が母親の時代と違うのか分からないでいる。
とにかく母親のように、夫に尽くすだけの人生はいやだと思っている。
「ちがうことなんかあるもんですか! 女はね、旦那さまのお世話をして、子どもを授かったらキチンと育て上げて、そして立派な人間として世間さまに送り出すものさ。
それが妻としてのつとめなんだよ」

背筋をピンと伸ばして、小夜子に正対して、さらにつづけた。
「小夜子奥さま、あなたもですよ。それが女としての、妻としてのつとめでございますよ。
生きざまでございますよ。新しい女だとか何とか持ち上げられて良い気になってますと、ある日とつぜん悪意に満ちた連中に、ストンと奈落の底に突き落とされますよ。
どうぞ、お気を付けてくださいな」
「母さん、何てこと言うんだ。小夜子奥さまに失礼じゃないか! 謝ってくれよ、謝ってくれよ。
申しわけありません、申し訳ありません。姉さん。姉さんからも言ってくれよ」
「そうよ、そうよ。あたしのことにかこつけて、小夜子さんを非難するなんて。
まったくどうかしてるわ! 小夜子さんのおかげなのよ、あたしが元気になれたのは。
それを、それを、よくも!」

「いいのよ、いいのよ。お母さんの仰ることにも一理あるんだから。
今までも厭なひとはいたし、これからだってもっと厭な人が現れるでしょうし。
お母さんのお小言、肝に銘じておくわ」
「ほら、ごらんなさい。小夜子さまは分かってくださる。
それなのに、お前たちときたら。勝子もだけど、勝利もそうですよ。
まあね、服部さんたちみたいに女遊びに現を抜かすことはないから、その点は安心だけれど。
でも、女には気を付けなさい。器量にばっかり気を取られちゃ駄目ですよ。
やっぱり小夜子奥さまのように、心根のお優しい方じゃなくちゃ。
まあね、小夜子奥さまのように器量良しで気持ちの良い方というのは、中々にお目にかかれるものじゃないけれどね」

 小夜子に笑顔を見せて、そしてじろりと竹田を睨み付ける母親だった。
「でもね、勝利。お前だって、いっぱしの男だ。
富士商会という立派な会社にお世話になって、お給料だってよそさまには引けは取らないんだ。
いや取らないどころじゃないよ。それにお前だって、中々の男前だし。
きっと良縁に恵まれますよ。そうだわ、小夜子さま。
社長さまにお願いしていただけませんか? 勝利のよめの相手を」
「な、なにを言い出すんだよ。とんでもないことだよ、母さん。
 あわてて竹田が、口をはさんだ。気色ばんで、つめよった。



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