「どうしたの? 足でもくじいたの?」と、足元を見つめている小夜子に、声をかけた。
「もう! 正三さんが悪いのよ。見て、これ」と、足元を指差した。
正三が見ても、特段変わった様子もない。
細かい石ころが転がってはいるが、その場所が特に多いわけでもない。
中心街から外れた場所では、舗装が行き届いていないのは当たり前のことに思える。
首をかしげている正三に対し、小夜子がそっと足を上げた。
「犬の糞を踏んじゃったの! この靴、おニューなのに」
憤慨する小夜子に、「ああ、こりゃひどい。ちょっと、待って」と、その場に腰を屈めた。
真新しいハンカチを取り出すと、赤い靴の汚れた部分を拭き取った。
「嫌だわ、もう。田舎じゃあるまいし、キチンと始末しておいて欲しいわ!」
小夜子の元に集まった人々を、キッと睨み付けた。
「ごめんなさいねえ、おじょうちゃん。のら犬のしわざでしょう、きっと」
「さいなんだったねえ、まったく」
口々に慰めの言葉を掛けてくれるが、小夜子の険しい表情は緩むことはなかった。
「ものは考えようさね、じょうちゃん。運が付いたと、思いねえ」
「そりゃそうだ。犬のウンコが付いて、運がひらけるかもねえ」
どっと笑いが起きたが、小夜子は気色ばんで金切り声を上げた。
「冗談じゃないわ! なんて失礼な人たちなのよ、もう!」
「小夜子さん、そう目くじらを立てなくても。悪気があっての言葉じゃないんだから」
正三は、集まった人に頭を下げながら、ハンカチの始末を頼んだ。
「はいはい。お兄さん、わたしがすてておきますよ」と、お婆さんが受け取ってくれた。
小夜子は正三に目もくれずに、さっさと歩き出した。
慌てて正三は追いかけたが、早足で歩く小夜子に、中々追いつけなかった。
“こんなに気の強い女性だとは。ほんとに、新時代の女性なんだな”
肩で風を切るが如くに歩く小夜子の後姿を見ながら、正三はため息を付きながら、
“優柔不断な面のある僕には、案外お似合いかもしれんな”と、妙に納得させられた。
また突然に小夜子が立ち止まると、空を見上げながら叫んだ。
「もう、だめ! 明日にでも、行くわ! もう、田舎はイヤ! 一分一秒も、我慢できない!」
正三に対する言葉というよりは、小夜子自身を鼓舞する叫びだった。
唖然とする正三の元に駆け寄った小夜子は、正三の首に手を回して、軽く唇を重ねた。
「約束の接吻。東京で逢いましょう、きっとよ!」
「もう! 正三さんが悪いのよ。見て、これ」と、足元を指差した。
正三が見ても、特段変わった様子もない。
細かい石ころが転がってはいるが、その場所が特に多いわけでもない。
中心街から外れた場所では、舗装が行き届いていないのは当たり前のことに思える。
首をかしげている正三に対し、小夜子がそっと足を上げた。
「犬の糞を踏んじゃったの! この靴、おニューなのに」
憤慨する小夜子に、「ああ、こりゃひどい。ちょっと、待って」と、その場に腰を屈めた。
真新しいハンカチを取り出すと、赤い靴の汚れた部分を拭き取った。
「嫌だわ、もう。田舎じゃあるまいし、キチンと始末しておいて欲しいわ!」
小夜子の元に集まった人々を、キッと睨み付けた。
「ごめんなさいねえ、おじょうちゃん。のら犬のしわざでしょう、きっと」
「さいなんだったねえ、まったく」
口々に慰めの言葉を掛けてくれるが、小夜子の険しい表情は緩むことはなかった。
「ものは考えようさね、じょうちゃん。運が付いたと、思いねえ」
「そりゃそうだ。犬のウンコが付いて、運がひらけるかもねえ」
どっと笑いが起きたが、小夜子は気色ばんで金切り声を上げた。
「冗談じゃないわ! なんて失礼な人たちなのよ、もう!」
「小夜子さん、そう目くじらを立てなくても。悪気があっての言葉じゃないんだから」
正三は、集まった人に頭を下げながら、ハンカチの始末を頼んだ。
「はいはい。お兄さん、わたしがすてておきますよ」と、お婆さんが受け取ってくれた。
小夜子は正三に目もくれずに、さっさと歩き出した。
慌てて正三は追いかけたが、早足で歩く小夜子に、中々追いつけなかった。
“こんなに気の強い女性だとは。ほんとに、新時代の女性なんだな”
肩で風を切るが如くに歩く小夜子の後姿を見ながら、正三はため息を付きながら、
“優柔不断な面のある僕には、案外お似合いかもしれんな”と、妙に納得させられた。
また突然に小夜子が立ち止まると、空を見上げながら叫んだ。
「もう、だめ! 明日にでも、行くわ! もう、田舎はイヤ! 一分一秒も、我慢できない!」
正三に対する言葉というよりは、小夜子自身を鼓舞する叫びだった。
唖然とする正三の元に駆け寄った小夜子は、正三の首に手を回して、軽く唇を重ねた。
「約束の接吻。東京で逢いましょう、きっとよ!」
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