昭和の恋物語り

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歴史異聞 鼠小僧次郎吉 ~猿と猿回し~ (七)カモられる!

2023-02-20 08:00:54 | 物語り

次郎吉は、そんなこととはつゆ知らず、上方に移った後、名を次郎兵ェと改め、江戸の親元に戻った。
その後、鳶の者金治郎をひよって、雲竜の入れ墨を二本線の上に彫り、わからなくしてしまった。
そして、湯島六丁目に住み、小間物屋を始めた。
しかし、そんな堅気の生活に安住できずに、また博打にのめり込み始めた。
仕入れ商品の支払いに支障をきたしたのは勿論、日々の糧すら事欠くようになってしまった。
当然の如く親元に駆け込んだが、歌舞伎役者の下で働く出方の親に蓄えがあるわけでもなく、冷たくあしらわれた。
その結果、次郎吉はまた、武家屋敷をおそい始めた。
 
しかし今度の次郎吉の手口は、より巧妙になった。
前回の失敗を教訓に、単独行動をとることにした。
手引きがあれば楽々と侵入はできるが、計画が漏れる恐れも増大する。
当初は腰元の裏切りは露ほども考えはしなかったが、牢番達のからかい半分の話に、ひょっとして? と、思ったのである。

それにしても最近のねずみ小僧の人気は大したもので、町中のそこかしこで囁かれていた。
大名屋敷を襲っては、大判・小判を貧乏長屋にバラまいている、というのである。
当の次郎吉に自慢気に話しかける小間物屋常連のご新造たちには、
「その内、こっちにも回ってきませんかネェ」と、苦笑いをするだけであった。
もちろん、次郎吉には覚えのないことであった。
実際、次郎吉が上方に行っていた頃から、始まったことらしい。

不思議なことには、襲われた大名屋敷の名前が出てこないということである。
そして、どこの誰にバラまかれたのかすらわからないのである。瓦版で、騒いでいるだけなのだ。
それでも、当時の町人は拍手喝采を送っていたのである。

次郎吉は、焦らずじっくりと構えた。そしてもちろん、内部の者に頼ることもやめた。
が、見取り図のないことはつらかった。
広い大名屋敷である、やみくもに動き回っていては、いつなんどき警護の武士に見つからぬとも限らない。
次郎吉は思案に暮れる日々を送った。
さすがに焦れ始めた次郎吉の前に、博打好きの中間の話をする、飲み仲間があらわれた。
次郎吉は、心中でシメタ! と手を叩きながらも、気乗りのせぬ顔つきで話を聞いた。
そして、明晩の博打を約束して別れた。

その中間は、約束の刻限よりも早くから、飲み屋で待っていた。
次郎吉は、一目見てズブの素人と見抜くと、わざと立て続けに負けた。
「いゃあ、強い、強い俺っちも強いと思ってやすが、お前さんにはかなわねえ」
「まあ、屋敷内では俺が一番だな。最近じゃ、誰も誘わなくなっちまった。
尻の穴が小さい奴ばかりでな。屋敷といえば、この間なんか‥‥」
 酒の勢いも手伝い、聞きもしない屋敷内の裏話を得意げに喋り始めた。
「兄貴、すまねえ。ちょっと、雪隠に行って来らあ」と、ちょくちょく席を外した。
次郎吉は、その中間に、落ち着きのない男という印象を与えた。
そして、次の博打の場を屋敷内にすることまでこぎつけて、別れた。

一週間後の夜、次郎吉は屋敷にその中間を訪ねた。中間は、カモが来たとばかりに、喜んで開けた。
「兄貴、今夜は勝たせて貰いやすぜ。負けっぱなしじゃ、仲間に恥ずかしいってえもんだ」
「おうおう、気合いが入っているじゃねぇか。ま、精々頑張りな。もっとも、帰りにゃ泣きべそか? へへへ」
 次郎吉は、勝ったり負けたりの退屈な博打を打ち、「雪隠、雪隠」とごまかし、まんまと見取り図を完成させた。
もう用はないばかりに、わざと有り金全部を吐き出した。
中間の高笑いを背に、スゴスゴと退散する次郎吉。しかし内心では、シメシメと、ほくそえんだ。 



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