昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (六)裸身

2024-12-27 08:00:49 | 物語り

 いまが青春まっ盛りのこのむすめを羨ましく思った。
しかしまた、無軌道すぎるむすめが哀れでもあった。
目的のつかめないままに、まいにちを無為にすごす若者たちが哀れにおもえた。
男が部屋のロックを確認してふりかえると、むすめは窓ぎわに立って外をみている。

〝やはり後悔しているのかな〟と思いつつ、冷蔵庫からビールとりだしテーブルに置いた。
「おいしい?」と、上目づかいに尋ねるむすめに、「苦いよ」とみじかく答え、タバコに火をつけた。
むすめは空になったコップにビールを注ぐと、”こんやは1本だけにしてネ”と目で告げた。
 そして娘は、にが笑いの男のうしろろにまわると肩をつついた。

「今夜はおとなしく寝なさい。
明日になって後悔しても、取り返しがつかないんだ。そうしなさい」
と、肩の手をやさしくにぎりかえしながら男は言った。
 しばらく無言をつづ続けたあと、むすめは男の肩から手をはずした。
男は、欲情と理性をたたかわせながら、さいごの一杯を飲みほした。
そしてタバコをくゆらせながら、窓の外のネオンに目を向けた。

〝いまごろ、あのネオンの下であいつは働いているのか。
若くもないあいつが、この俺の不始末のためにどれだけ苦労したことか。
ときにイガミ合いながらも、おれなんかのずをいやしつづけてくれた。
それなのにおれは、あいつに優しいことばひとつかけてやることができなかった〟

〝おれがアルバイトから戻ると、あいつが店へと出ていく。
わかっているくせに、「どこに行くんだ!」とおれがなじる。
あいつは「さきにねてて」と言う。
「戻らないつもりだろう!」と、なじる。
「だいじょうぶ。かぎはもってるわ」とこたえる。〟

 ドアノブに手をかけるあいつを、うしろから羽交い締めにする。
そして首をこれ以上は回らないというまでひねり、真っ赤にぬられた唇をうばう。
「もういい?」
 その声をのこして、ローズの香をのこして、ドアが閉じられる。

 とりとめもなく浮かぶ想い出に、男はひたった。
と、急に灯りが暗くなり月明かりのなかに、むすめの一糸まとわぬ裸身が妖しく浮かびあがった。
「おじさん、好きにして!」。ふるえ気味の声だった。
しかし有無を言わさぬ強いちからが宿っていた。
男にはどうしても手に入れることのできない、キラキラとかがやく若さが、たしかにそこにあった。
男は、だまって背広をぬいだ。

――・――・――
*令和6年も、残りわずかとなりました。
 ことし1年、ありがとうございました。
 新作・旧作のリニューアル等、わたしの持てうる限りの引き出しから、
 傾向のちがう作品群をお送りしてきました。
 そのうちにはタネが切れてしまうかもしませんが、
 どうぞそれまではよろしくお願いします。

 それでは、どうぞ佳いお年をお迎えください。



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