昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百六十二)

2022-07-21 08:00:06 | 物語り

 式後の武蔵は、以前にも増して商売に精を出した。
持てる財を使い果たしたということもあるが、それにも増して事業欲がムクムクとわき出していた。
ひとり小夜子を残して会社に立ち戻った武蔵は、
「新婚旅行に出かけられるんじゃ?」と言う五平に
「そんなものは、いつでも行けるさ。猛烈に働きたいんだよ、今は。
すかんぴんになっちまったことだしな」と、笑う。

 昨年早々のことだ。
「社長。東北の名産品あたりを、売(ばい)してみませんか? 細いながらもつてはありますが」と、進言する五平に対して
「いや、まだいい」と、腰を上げない武蔵だった。
「面白いと思うんですがね。もう安物ばかりのご時世でもないと思いますが」
 と、なおも食い下がる五平に「その内にな」と、にべもない。
なぜ東北物を扱わないのか、いや東北地方の話そのものを嫌がるのか、武蔵の心底が分からない五平だ。

 直感的に武蔵の判断で事の是非を決めることもありはした。
商売の流れとして、即断即決を迫られることは珍しいことではない。
しかしその後、五平に「あれで良かったか?」と声をかけていた。
 が東北物については、それがない。是ほどまでに頑なな武蔵はついぞ知らない。
その武蔵が、「五平、東北の名産品をリストアップしてくれ」と、告げた

「待ってました!」と、すぐさま武蔵の前に資料を出した。
「なんだ、おい。手回しがいいな。そう言えば、去年だったか、やいのやいの言ってたな」
「いまかいまかと、待ってました。良いのがあるんです、南部鉄器なんて最高です。
鉄瓶やら鍋もですが、風鈴が良いんですわ。
リーンってね、高い音が響くんです。なごむんですわ、気持ちが。これがまた、ねえ。
ダダダ、ドドド、カーン、コーンでしょ? 復興も佳境にはいってますすからね。
どっと復員兵も帰ってきましたし、散々にやられた工場なんかも再建できました。
殺伐とした時勢も落ち着き始めましたし、そろそろだろうと思ってるんですが。
社長の目にはどう映りますか? 
仕事から帰って一杯やってる時にですね、リーンなんて、乙なものだと思うんですが」

「家にぶら下げてるのか? で、耳を澄ませてるってわけか? 
まさか目をつぶってるんじゃないだろうな。ニヤニヤってか。
そんな五平なんて、あんまり見たくねえな」
「いやいや、社長。これがまた、一度ためして……。
いらねえや、社長には。小夜子さんていう伴侶がおりなさる。
失礼しました。しかしですね、社長。独り身もいますからね、けっこう」
「そう言うことだ。五平、お前も所帯を持てよ。
しかし、五平の言うことにも一理ありそうだな。どこか当てがあるのか? 回ってみるか、一丁」



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