「失礼いたします」。緊張のあまり、手がふるえてしまいました。
女将としての自負をお持ちのおふたりです、お互いを認め合われての会話は、さぞ楽しかったろうと推察できます。
互いのこれまでの格闘劇をかたられていたようで、「おたがいに年を取りました。
もうそろそろ隠居させてもらって、のんびりと余生を送りたいものです」と、大女将が口にされます。
「羨ましいことですわ、ほんとに。
大女将には、この光子さんという立派な後継者がお育ちになっていらっしゃいます。
ほんとに安心なことで」。
最大級のお褒めことばを頂きました。
「ありがたいことです。あたくしの見込んだとおりに、しっかりと育ってくれました。
それに、今こうして1年の余ぶりに会いますと、しっかりと教育して頂けたことがよく分かります。
改めてお礼を申し上げます、ありがとうございました」。
「とんでもございません。なにも教えることのないほどに、しっかりとしていました。
ただ一点だけ、気になることが。
光子さんには天性の艶気があります。ただ、それがで過ぎているように見えます。
まるで、女優の嵯峨三智子そのものですわ。
お客さまを圧倒するほどに。そこが隠れるようになれば、そう願います」。
どんなことばが大女将から返されるかと、身のひき締まる思いでございます。
「たしかに。あたくしが光子を気に入りましたのは、ふたつほどございました。
そのひとつがそれでございます。
久しぶりに会いまして、その強さを、いま再確認致しました。
そしてもうひとつ、負けん気の強さでした。
なにくそという気が、身体中から溢れていました。
ここを出ましたことで、その気が艶気を強めたのでございましょう」
「ご挨拶なさい、佳枝さん。孫娘なのですよ、光子さん」。わたくしに対するお声かけです。
でも気のせいでしょうか、大女将に挑まれるような視線を送られました。
ご自慢の若女将候補なのでございましょうか。
慈愛を感じられる穏やかな光をその目にたたえられて、挨拶される佳枝さんの所作をみつめておられます。
そしてわたくしに対して、
「こんどはこの佳枝を、この名水館にてきたえていただきます。
光子さん、よろしくご指導くださいね」と、思いもかけぬことをお聞きいたしました。
うしろに隠れるようにお座りだった娘さんから
「お初にお目にかかります、佳枝ともうします。お見知りおきください」
と、鈴のような声でご挨拶をいただきました。
お話によりますと、女将さんの娘さんは佳枝さんを出産されてからの肥立ちが悪く、わずかひと月後にお亡くなりになったそうでございます。
以後は女将さんが引き取られまして、と言いますのも……。
いえ、これ以上はわたくしの口からはちょっと。
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