「わかりましたわ」とばかりに帽子に手をやる栄子の姿に、うんうんとうなずく松下だったが、栄子のうしろに立つ青年を見て愕然とした。
“なんだ、あの男は。まさか調査員が報告してきたプータローか?”
困惑顔を見せる松下に「お待たせしました」と笑顔を見せる。
うしろにかしこまっている若者を従えての登場に、松下は不機嫌さを隠しもせずに
「不愉快だ、ぼくは。どうしてこの若者がいるんですか」と、かみついた。
「それについてはお詫びします。ただ彼もまた、わたしにプロポーズをしてくれています」
“わたしのペースに持って行かなきゃ”と、涼しい顔でこたえる栄子だった。
それに気をよくした正男も「そうだとも。ぼくにもここにいる権利があるはずだ」と、胸を張った。
“なんだ、このおっさんは。資産家だときいていたけど、全然じゃないか!
こんな場所もばしょなら、このしわだらけのシャツはなんだ。
二流会社のしょぼくれた経理マンって感じじゃないか。
こんな男に栄子さんをとられるわけにはいかん”
引き下がるわけにはいかないのだ。父親との確執を越えての今夜なのだ。
昨夜のことだ。両親から激しくつめよられた。
母親から栄子との交際について聞かされた父親が、珍しく定時に帰宅した。
そしてバイトに出かける正男を足止めさせていた。
「ダンサーなんぞにかまけて、一体どういうつもりだ。
いちや夜りの遊びならまだしも、結婚だなどと騒ぎたてているようだな。
あいつらはな、まともな人間じゃないんだ。
ロマンという化けものにとり憑かれた魔物だ。
湯水のように金をつぎ込んでも、もっと! と叫ぶような、与えてもあたえても愛の証しを求めてやまぬ人種だぞ。
聞いてるぞ、お母さんから一体いくらの金を引き出したんだ!
それは授業料だとしてもだ。これからの一生を台無しにするつもりか!」
うつむいて聞いていた正男だったが
「ぼくの人生なんだ。
父さんの言いなりにはならない。借りた金は、きっと返す。
それにいま、クラウドファンディングで資金集めをしているから。もうお母さんにムリは言わないし」と、勝ち誇ったように言った。
とたんに母親の顔がひきつり「正男ちゃん。やめて頂だい、そんなことは。
お金ならお母さんが用意してあげるから。ひとさまを巻き込むようなようなことだけはやめてちょうだい。
お父さまの立場も考えておくれ」と、懇願した。
父親はあきれ顔を見せ、首を横にふるだけだった。
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