次の襖を開け、廊下をわたり、蔵の扉を前にした。
大きな南京錠にへきえきしながらも、鋸で切りにかかった。
錠前師の仲間を、と考えないではなかったが、次郎吉はひとり仕事と決めていた。
「ニャーオ!」
突然の猫の声に、すぐさま床下に駆け込んだ。
暫く身を潜めていたが、そっと錠の切断を開始した。
幾度か身を潜めつつも、小半刻ほどで、やっと切れた。
しかしすぐには入らず、見回る人間のいないことを確認したのち、油を垂らしてから戸を引いた。
が、容易に開こうとはしない。力を入れる。
「ゴトッ、ギー」。鈍い音を立てて、動いた。
少しの間身を潜めていたが、誰も気付かないことを確認して中に入った。
天窓から差しこむ月明かりを頼りに、壁づたいに歩いた。
奥に、目指す千両箱らしきものが五箱、山積みになっている。
蓋を開ける。山吹色の小判がザックザック、と思いきや、二十両と三十両の束のみが入っているだけだ。
他の箱はどれも空だ。次郎吉は、舌打ちをしながら懐に入れた。
次郎吉の盗み歴は、文政六年に始まる。
戸田釆女正の屋敷に押し入った時、土蔵の戸前口の網戸の下板をはぎとって入り込み、四百二・三十両を盗んだこともあったが、他ではそれ程盗んではいない。
大方は、長局奥向での金子で足りた。が、今度ばかりは、もう少し欲しかった。
借金を重ねていたのである。容赦のない取り立てにあっていた。
「シケてやがる」。期待はずれの、腹立たしい気持ちのまま蔵を出た。
その翌朝、次郎吉はなにくわぬ顔で中間に会いに行った。
そして、大騒ぎをしている光景を冷ややかな目つきでながめた。
中間は、「それどころじゃねえよ」と、次郎吉を疑うこともなく、追い返した。
一般的に、盗みは夜の侵入ではあるが、次郎吉は、昼の内に潜り込むこともあった。
中間の居る江戸部屋もしくは総部屋に通ると偽り、その足で厠に入り、夜を待つのである。
そして家人が寝静まった頃に、ゆうゆう奥向に盗みに入る。
他の盗人は、武家屋敷に代々伝わる骨董品等を盗むこともあるが、次郎吉は金子だけにしていた。
そして、できるだけ三両・五両の少額にしていた。
着物・道具類は大枚の金になることもあるが、売りさばいた折りにそこから足がつくこともある。
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