娘の居ない日々は、やはり地獄でした。
針のむしろとでも言うべき日々でごさいました。
毎夜、妻に嫌みを言われ続けたのでございます。
「娘に甘すぎる!」
「娘が居ないと、途端に帰りが遅い!」などと。
わたしときましたら、そんな妻の愚痴に対して反論することもなく、
そそくさと自分の部屋に閉じこもりました。
そして娘のことばかりを考える始末でした。
子供のようですが、帰る日を指折り数えていたのでございます。
それが、それが。
娘からは、合宿の初日から電話が入りましてございます。
「着いたよー!感激ー、よ。お父さん、ありがとうね」
ハハハ、ハハハ、ハハハ、でございます。
先日の娘の喜びようが、わたくしの五感に蘇ります。
娘に抱きつかれてもんどり打って倒れた折の、あの感触が五感すべてに蘇ります。
そのままごろごろと畳の上を、娘と。
あ、お忘れください、お忘れください、どうぞお忘れを。
わたしの傍らでせっつきますので、妻と代わりましてございます。
夜叉のごとき顔が一変いたします。
菩薩さまのようにたっぷりの笑みを湛えて、娘と話しております。
空気が澄んだ所で、満天に星が輝いていたと申しておりますようで。
娘がわたくしにも聞こえるようにと、ひと際大きな声で話してくれております。
しかしあまりに喜びに満ち溢れた声に、次第しだいに腹が立ってきました。
妻との会話が長いせいではございません。
わたしには言ってくれた『ありがとう』の五文字を、妻には言いませんのですから。
腹立ちの訳は、別のことでございます。
わたくしの元よりも良い所があるなど、到底考えられません。
有ってはならぬことなのでございますよ。
二日目、三日目と電話がかかります。
夜の七時でございます、お客さまからの電話であろう筈がございません。
すぐさまわたくしが受話器を取ります。
妻の膨れた顔など、知ったことか! でございますよ。
「お父さん? 元気してる? お母さんは? 代わって」と、もう矢継ぎ早でございます。
わたしと話せることがよ程に嬉しいのか、息せき切って言いますです。
そんなわたしの傍らには妻が来ております。
腹立たしいことには、受話器を引っ手繰るのでございます。
それにしても、どうして女どもは長話が好きなのでございますかな。
何をそんなに話すことがあるのでございましょうか、まったく。
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