「狭くて、ごめんなさい。あたしひとりだけなら、十分なんです。
バスルームの狭いことだけが、不満といえば不満なんですけど」
「1階に、駄菓子屋さんがあったんです。おばあちゃんがひとりで、なんですけど。
朝はあいさつだけなんですけど、帰りは店先ではなしこんだりして」
「土・日なんか、あたしが店番をしてたんですよ。
近所の子どもさんとか、そのお父さんなんかも買い物してくれたりしてくれて」
ひたすら小百合は話し続けた。ことばを発しつづけた。
今日はじめて会った男を招き入れているということではなく、沈黙が流れることに恐怖感に近いものを感じているのだ。
饒舌だった一樹の口数が、一気にへってしまった。
というより、ひと言も発しなくなってしまった。
立ち動いている小百合をじっと見つめている。
ベッドと小さな丸テーブル、そしてハンガーラックが置いてある6畳の部屋に移り、3杯目のお茶を出したとき、やっと口を開いた。
「実は、ぼく、はじめてなんですよ、女性の部屋って。一人っ子なんで、妹も姉もいなくて」
一樹のことばがどこまで信頼できるものか計りかねる小百合だったが、とりあえず一樹がふたたび口を開いたことに安堵感をおぼえた。
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女の素性を徹底的に探れ。家族構成は勿論のこと、家族それぞれの学歴も分かるといいぞ。趣味も調べろ。
それから交友関係が大事だ。俺もびっくりしたが、弁護士の恋人がいる女を釣ったことがある。まあ滅多にないことだけれど、とにかく気を付けなくちゃな。
もうひとつ、財布だ。一番大事なことだが、金遣いの荒い女は避けろ。
上客だと思うかもしれないが、やめとけ。
トラブルに巻き込まれる可能性があるからな。
まちがいなく、ヤミ金に手を出しちまう。
こっちにまでとばっちりがくるかもしれん。
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「えっ、えっ、はじめて、なんですか? ほんとに?」
信じられない言葉だった。と同時に、小百合にしても、はじめて招き入れた男――というよりもはじめてのお客であることを意識した。
(今日はじめてお会いした男性を招き入れるなんて……どうかしてる、あたし)
(でも、こんなにお世話になったんだし、なにかお礼をしなくちゃ)
(どんなお礼がいいのかしら。お金なんて失礼だろうし)
(もし、もし、だけど。あたしを、あたしを求められ……)
(どうかしてる! そんなこと、万に一つもあるわけないのに。あたしったら!)
思わず赤面する小百合だった。
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