こんやは、健二がくる予定だ。
インディーズバンドの、リードギターを担当している。
メジャーデビューの話が持ち上がったことがあったが、現バンド全員ではなく健二だけの引き抜きだったがために断念した。
――ということにしているが、仲間に言えない事情からのことだった。
どうしてもこの地から離れることのできない健二なのだ。
メジャーデビューともなれば、当然に全国での活動となる。
栄子に対して主宰が、「親の死に目に……」と迫ったことが、形を変えて健二に襲ったのだ。
覚悟を問う事態を迫られたのだ。
「断るわ、おれ。みんなと離れたくない」。本心だった、もう十年を共にする戦友なのだ。
しかしそれでも悩む健二がいた。もしもこのことがなかったら……、覚悟が決められない健二もいたのだ。
「すまん、折角のデビューなのに…」。「俺たちの腕が良ければ…」。「親をうらむよ、もう少しイゲテたらなあ」。
ビジュアルが先行しているバンド連では、よほどの歌唱力、もしくは演奏力がなければ難しい。
なので健二のバンドということになり、地下アイドルたちの演奏やら、急きょの代役バンドに甘んじている。
むろん、地下アイドルがブレークすれば、それは自動的に健二たちのメジャーデビューにもなる。
事実、地元バンドとしての人気は不動であり、月に一度だけではあるが、主役を張っている。
そしてその舞台に、友情出演として、栄子のフラメンコショーもある。
ファン層の違いから「惨めな思いをするからやめなさい」と主宰に言われても、とにかく舞台の場数をふみたい栄子は強行している。
そして当初こそ場違いな踊りに、アイドル応援に使うメガホンでを奇声をあげる若者やら、サッカー応援で活躍するブブゼラを激しく吹いたりと、悲惨なものだった。
しかし真摯に踊りつづける栄子に、健二がフラメンコのギタリストではないのだが、栄子のためにとエレキギターをクラシックギターに持ち替えて演奏した。
よく月の宴会時には、キチンとしたフラメンコギターが用意視されていた。
ナイロン弦で明るくて立ち上がりがするどく、端切れのよい音色がする。
本体は軽いシープレスという糸杉が使われている。
本体は軽いけれども、激しく表板をたたくために集めになっており、ビッグガードの一種であるゴルベ板が張られている。
CDによる演奏では、どうしても型どおりになってしまい、栄子の踊りができない。
舞台では演じ手の癖がある。それぞれに微妙にテンポが違うのだ。
もちろん栄子のテンポに合わせてくれる演じ手も居てくれる。
しかし栄子には、健二との相性が一番だ。健二の奏でるギターの音色に包まれると、苛立つ気持ちも消えていく。
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