(八)黒服
すこしの間、己の夢想とのあまりの落差に立ちすくんでしまった。
戸惑いの中でも、容赦なく現実がおそいくる。
「お客さん。ここでチケットをお求めください。一杯の飲料代も含まれています。
追加の場合は、黒服にその旨お伝えください」
「えぇっと、それじゃ…。コーラをひとつ……」
「ご注文はお席に着かれてからお願いします」
常連客をよそおおうとした少年。
顔を真っ赤にして、チケットを手にして、キョロキョロと見まわす。
少年の心が告げる。“カウンターだ、カウンターの隅っこに行け!”。しかし、少年の足は動かない。
黒服が少年の前に現れた。
「お客さん、こちらにどうぞ。お連れさまはいらっしゃいますか?」
「い、いえ。こんやは一人です。この間は……」
以前に友人に連れられて来たのだと言いかけて、ことばが詰まってしまった。
初見の客だと見抜かれていることを、認めざるをえない少年だ。
そもそもが、二度目三度目が、どうだというのか。
つい苦笑いをしてしまう。
「申し訳ありませんが、おひとりさまですとカウンター席をお願いしていますが」
「いいです、そこで。はしが空いていれば、はじっこでいいです」
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