昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百七十五)

2022-10-25 08:00:28 | 物語り

「その節は、ありがとうございました。
おかげさまで姉の体調も良く、週末には自宅へ帰ることができるようになりました。
小夜子奥さまのおかげと、みんな感謝しています。母なんか、手を合わせるんです。
で、ぼくらにもそうしろって。菩薩様のようなお方だから、一生感謝の念をわすれるなと。
お題目のように、毎晩聞かされてます。それてですね、小夜子奥さま。
小汚いところですが、いちど姉が帰宅したおりにでもお立ち寄りくださいませんか。
大したおもてなしもできませんが、是非お食事を差し上げたいと申しております」

 小夜子の歩みに歩を合わせながら、快活に話す竹田。
社内での無口さが、まるで別人のようだ。
そして小夜子の荷物を大事そうに両手で抱えて、まるで我が子のように慈しんでいる。
「いいのよ、そんなに気を使ってくれなくても。
でも良かったわ、お元気になられて。母もね、長く床に就いていたの。
あの時は幼すぎて、看病のひとつもできなかったわ。
心残りだったのよね、それが。だからね、母への親孝行のつもりだったの」
「看護婦すら敬遠しがちの下の世話までしていただき、感謝のことばもありません。
男のぼくでは、姉がいやがりますし」

「そんなの当たり前よ。でもたった、一度のことよ。
看護婦さんが手の離せない状況だったし、お母さまは所用でいらっしゃらないし。
お苦しそうだったしね、仕方ないじゃない。
それに、あの後からあたしにとっても、お姉さんになってくださったんだから。
どうしてもね、遠慮がちだったのよね。まあね、赤の他人だしね。
武蔵のこともあったでしょうしね。気を許して甘えなさいって言う方が無理よね」
「驚きました、ほんとに。
めったに笑わなかった姉が、小夜子奥さまと一緒に、あんなに大きな口をあけて笑っているなんて。
あごが外れるぞなんて冗談で言ったら、突然その真似をするんですから。
あやうく引っかかるところでした。」

「そうね、お姉さんにも会いたくなったわ。お邪魔しようかしら、すぐにでも。
どうせ武蔵が居ないんじゃ、お家に居ても仕方ないし。
今度戻られた時にでも、迎えに来てくれる。
そうだ! あたしがお姉さんを迎えに行ってあげる。
ふふ、びっくりさせちゃおうっと。いいでしょ、竹田くん」
「もちろんです。是非、そうしてやってください。
喜びすぎて、ひっくり返るかもしれませんよ。それでもって入院が長引いたりして。
ハハハ、こりゃいい。あ、すみません」
 っと睨み付ける小夜子に気づいて、あわてて深々と頭を下げた。
「竹田くんって、そんな冗談の言える人だったの?」
「いえ、その。そんな、ことは、どうしてか、その……」



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