「その節は、ありがとうございました。
おかげさまで姉の体調も良く、週末には自宅へ帰ることができるようになりました。
小夜子奥さまのおかげと、みんな感謝しています。母なんか、手を合わせるんです。
で、ぼくらにもそうしろって。菩薩様のようなお方だから、一生感謝の念をわすれるなと。
お題目のように、毎晩聞かされてます。それてですね、小夜子奥さま。
小汚いところですが、いちど姉が帰宅したおりにでもお立ち寄りくださいませんか。
大したおもてなしもできませんが、是非お食事を差し上げたいと申しております」
小夜子の歩みに歩を合わせながら、快活に話す竹田。
社内での無口さが、まるで別人のようだ。
そして小夜子の荷物を大事そうに両手で抱えて、まるで我が子のように慈しんでいる。
「いいのよ、そんなに気を使ってくれなくても。
でも良かったわ、お元気になられて。母もね、長く床に就いていたの。
あの時は幼すぎて、看病のひとつもできなかったわ。
心残りだったのよね、それが。だからね、母への親孝行のつもりだったの」
「看護婦すら敬遠しがちの下の世話までしていただき、感謝のことばもありません。
男のぼくでは、姉がいやがりますし」
「そんなの当たり前よ。でもたった、一度のことよ。
看護婦さんが手の離せない状況だったし、お母さまは所用でいらっしゃらないし。
お苦しそうだったしね、仕方ないじゃない。
それに、あの後からあたしにとっても、お姉さんになってくださったんだから。
どうしてもね、遠慮がちだったのよね。まあね、赤の他人だしね。
武蔵のこともあったでしょうしね。気を許して甘えなさいって言う方が無理よね」
「驚きました、ほんとに。
めったに笑わなかった姉が、小夜子奥さまと一緒に、あんなに大きな口をあけて笑っているなんて。
あごが外れるぞなんて冗談で言ったら、突然その真似をするんですから。
あやうく引っかかるところでした。」
「そうね、お姉さんにも会いたくなったわ。お邪魔しようかしら、すぐにでも。
どうせ武蔵が居ないんじゃ、お家に居ても仕方ないし。
今度戻られた時にでも、迎えに来てくれる。
そうだ! あたしがお姉さんを迎えに行ってあげる。
ふふ、びっくりさせちゃおうっと。いいでしょ、竹田くん」
「もちろんです。是非、そうしてやってください。
喜びすぎて、ひっくり返るかもしれませんよ。それでもって入院が長引いたりして。
ハハハ、こりゃいい。あ、すみません」
っと睨み付ける小夜子に気づいて、あわてて深々と頭を下げた。
「竹田くんって、そんな冗談の言える人だったの?」
「いえ、その。そんな、ことは、どうしてか、その……」
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