昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (百九十五)

2022-02-09 08:00:53 | 物語り

「社長、お客さまです」
 うつむいたままで徳江が声をかける。
“こんな社長、見たことないわ。ほんとにベタ惚れなのね”と思いつつも、嫉妬心がまるで湧いてこない。
「お、そうか。お通ししろ 」
 愛人でもある徳江に、悪びれることなく小夜子を抱いたまま答える武蔵。小夜子もまた気恥ずかしさなど、まるでない。
「じゃ、行くね 」
「まあ、待て。見せびらかしてやる。あっという間に広がるぞ。これだからな」と、口の前に手でラッパを作った。

 恰幅の良い、と言うよりは太り気味の男が、つるっ禿げの頭を手巾で拭きながら入ってきた。
たれ目のその男、好人物を絵に描いたような風体だ。
「高田さん、どうもどうも」
「ごぶさたですわ、社長。おや、こちらの女性は? 初めてお目にかかりますな」
 ぺこりと頭を下げて「初めまして、小夜子と申します」と行儀良い小夜子。目を細めて見やる武蔵。ついぞ会社では見せない柔和な顔だ。
「ひょっとして? 社長、ご妻女? いやあ、社長が自慢するだけのことはありますな。実に可愛らしい娘さんだ」

 しげしげと小夜子を見ながら、小夜子をほめそやす。
満足気に頷く武蔵、小夜子はぽっと頬を赤らめた。
「武蔵、お邪魔でしょうから、あたし行きます」
「うん、気をつけてな。電話しろ、帰る前に」
「はい、それじゃ」

 その日の夕方、武蔵と小夜子はいつものレストランで落ち合った。
竹田の姉の回復振ぶりは、医者も驚くほどに順調だった。
殆んど毎日顔を出す小夜子のおかげで、母親の愚痴を聞かずに済むことが大きかった。
「ほんとにお前は疫病神だよ。よほどに悪行を積んだんだろうね、前世では。
祈祷師さまのおかげでこの程度で済んでいるけれども、大層な物入りだよ」
 竹田の居ない日中に、毎日毎日聞かされる言葉。
そして三日と空けずにやってくる祈祷師やら占い師。その度に大枚の金員を差し出す母だ。

 更には、月に一度のお下げ物がある。
意味不明の記号のような文字が書いてある空の一升瓶やら、空の木箱。
祈祷師曰くに、神さまの息吹が詰まった物だから、決して開けてはならぬ物だ。
竹田の稼ぐ給金は、こうして殆んど失くなってしまう。
他の二人がせっせと通うキャバレー。
時には羨ましいと思うこともあったが、すぐにその思いは消えた。

「勝利。お前は、姉ちゃんが可哀相だとは思わんのか! 
お前がこうしてたくさんのお給金を頂けるのは、姉が病にかかっているからぞ。
神さまが哀れに思われての、お給金なのじゃ」
 それが今は、五平の一喝で祈祷師も占い師も来ない。
母親もまた、憑き物が落ちたように落ち着いている。
なによりも、姉の回復がありがたい。小夜子相手に、将来の夢をかたりはじめた姉が嬉しい。



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