昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

ボク、みつけたよ! (二十九)

2022-01-08 08:00:26 | 物語り

 新年に入りました。
 さあ続いては、初ナンパのことです。
「清水の舞台から飛び降りる」というのは、こういうことを指すのでしょうねえ。ナンパの経験はあると言えばありますし、ないと言えばそれもありです。またまた禅問答のようになりました。お怒りになる前にわたしの心情らしきものをひとくさりお聞きください。
 対人恐怖症、それとも女人恐怖症? 面と向かっての会話が苦手でして、誰かを間に入れてのことならばいくらでも話が出来るのですがねえ。いえいえ、何度も言うようですが、昔々のことですから。ですので、わたしの場合は手紙という手段をとりました。まあねえ、意までもその名残りというのでしょうか、携帯電話の常態化にある現代においても、直電が苦手でメールなりを多用しています。そう言えば現代の若者たちもまた、ラインなる通信手段が多いとか。通信費の節約ということからなのでしようが、それが高じての対人恐怖症にならなければよいのですが。
 またまた長口舌になりました。それでは人生初の、直接ナンパ(こんな語彙があるかどうか、また相応しいかどうかは分かりませんが)のエピソードをどうぞ。ああここからは、わたしは神として振る舞わせて頂きます。悪しからずです。

 長い長い、少年の煩悶が続いた。
“どうして……”。“なぜ……”。“どうする……”。
“どうやって……”。“どうして……”。“なぜ……”
 悲しいことに、何をどう煩悶しているのか、少年には分かっていない。言葉だけが堂々巡りしている。少年の視線の先にいる女は、食い入るようにバンドを見つめている。
“ほら、ほら、待ってるんだぞ”、“ほら、ほら、待ってるんだぞ”。
 煩悶が、いつしか逡巡に変わっていた。靴のかかとが、コトコトと音を立てている。よしっ! と、握り締めた拳も、すぐに力が抜ける。気を取り直しての力も、かかとが床に着くと同時に緩んでしまう。
 気付くと、バンドが交代している。身を乗り出さんばかりだった女も、ストローを口に運んでいる。バンドのボーカルが、マイクスタンドを蹴っては、がなりたてている。素っ頓狂な声を張り上げている。「シャウト! シャウト!」と、何度も叫んでいる。ホールで踊りに興じる若者も、「シャウト!」と叫んでいる。ボーカルに合わせるように、拳を振り上げている。
 天井には大小のミラーボールが回り、四方の壁に色々の色路輪投射している。踊り狂う若者たちもまた、ラメに反射する色の洪水に揉まれている。
 少年が立ち上がった。しかし逡巡は続いている。帰られるのだ、このまま何事もない顔をして帰ることができるのだ。しかし少年の足は、あの女の元に動いた。手足のない達磨の少しの歩みではあっても、確実に少年の歩は進んだ。亀のようにのろい歩みではあっても、確かに女の元へ。

 



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