昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (四百四十八)

2024-11-05 09:00:29 | 物語り

 前もって聞かされていた小夜子で、いくどか同席もした。
恫喝してくる相手にたいして、五平のたいどは一貫していた。
じっと目をつむって相手の話がおわるのを待ち、ひと呼吸おいてから
「帰れ! 女のいざこざはその場で決着をつけるもんだ。話にならん!」と一喝する。
それでも食い下がる相手にたいしては、闇市を取り仕切ったシルクハットで有名な小津親分をちらつかせてだまらせた。

 しかし今回ばかりは勝手がちがった。
相手もさるもので、女同伴としたのだ、泣き落としをはかってきた。
しかも、小夜子ひとりだ。おなみだ頂戴の話をかたらせた。
「お腹にややができたんですけど」と、驚きのことばがでてきた。
さすがにこれには小夜子も動揺をかくせない。
「それって、武蔵は知ってたの? いつだったかしら、あなたとは」

 嫁ぐまえの話ならば小夜子もなっとくする。
しかし万が一にも……。ぐっと身を乗りだす小夜子に、こんどは相手があわてた。
話を盛りすぎたと後悔しても、吐いたことばはのみ込めない。
「いえ、ずいぶんと前のことでして。それに、流産してしまいましたし……」
 最後は声にならぬこえで、尻切れトンボ状態になってしまった。

「そう、そうなの。流産を……」
 悲しむべきことと思いつつも、つい安堵のおもいがわいてくる。
〝こんなにも薄情なおんなだったの?〟とおのれを責める小夜子だったが、相手はそれを見逃さず嵩にかかってきた。
「それが原因で体をこわしてしまってね、あっしとしても弱ってるんです。
ふたせたいの面倒なんてみられませんからね」

 当初は、「嫁を寝とられた」というはずが、いまでは「いもうとのめんどうまでは」とすり替わっている。
冷静な判断ができるのなら、この矛盾に気がつけるはずなのだが、どっぷりと話につかってしまった小夜子はすっかりだまされてしまった。

 五平が帰社したところで、四人の鳩首会談がはじまった。
「奥さん、いや社長だ。お人好しもここまでにしましょうや。
今後その類いの話については、いっさいあたしに任せてください」
 渋っ面をみせながら、五平が小夜子を叱りつけた。
「いいですかい。富士商会というのは、会社なんです。
個人商店じゃないんですよ。
社員もねえ、いまじゃ70人を超えてます。
『だまされました、ごめんなさい』じゃあ、すまないんです」
 強めの声色でなければ小夜子にくぎをさすことなどできないと考えた五平だった。
竹田にしても徳子にしても、今回ばかりはかばうことができなかった。



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