ピンクのエプロンに身を包んだ小夜子――割烹着姿がまだ幅を利かせていてるなか、新時代の女を自認する小夜子の面目躍如だ。
エプロンを身に付けた小夜子は、いつも機嫌がいい。ルンルンとおさんどんに精を出している。
「小夜子。どうだろう、そろそろ」
「なあに、そろそろって」
「うん。だからな、月が変わったらな……」
歯切れの悪い武蔵のことばに「月がかわったら、なあに?」と、あくまでとぼけてしまう。
分かっている、分かっているのだ。
そしてそのことが、小夜子を不機嫌にさせる一因だとも知っているのだ。
「いやなにな、そろそろご挨拶にな、行こうかと」
振り向いた武蔵の眼前に、眉間にしわをよせた小夜子がいた。
「挨拶って、なあに? なにしに、どこに行くのかな、タケゾーは」
軽やかなトーンの声が、武蔵の耳に鋭くつきささる。
「いや、もういいかな、と。茂作さんも、気をもまれているのじゃないかと、そう考えるんだが」
「行ってきたら」
冷たく言い放つ小夜子。刺身を盛る手がふるえている。
「お金ちょーだい!」
突然の嬌声に、思わず立ち上がった。
「な、なんだ、藪から棒に。どうしたって言うんだ」
「タケゾーとは暮らせなーい。あたし、お父さんに『正三さんのお嫁さんになる』って、そう言ったのよ」
抑揚のない低い声でつげた。眉間のしわがきえ、目は涼やかに笑っているようにもみえる。
ふるえていた手も落ち着きをとりもどし、エプロンのひもをはずしている。
「あんな不人情な男なんぞ忘れてしまえ。俺の嫁さんになれ、小夜子。
絶対におまえを幸せにしてやる。贅沢な暮らしをさせてやる。茂作さんにも不自由はさせん」
喉にひりつきを感じるなど、ここのところなかったことだ。
美容院での異変を知らされて以来のことだ。
「小夜子に相談をせずに、事を進めたのは悪かった。
小夜子の気持ちが固まったと思ったんだ。もう他人じゃないんだ、俺たちは」
「そ、そんなの、勝手にタケゾーが。あたしが望んだことじゃないし。
タケゾーが無理やりにあたしを……、そうなんだから。
そうよ、そうなのよ。あたし出て行く。だから、お金ちょうだい」
その場に泣き崩れてしまった。今夜ばかりは武蔵も思案にくれた。
なにに対しての小夜子の怒りなのか、判然としない武蔵なのだ。
これほどの拒否反応をしめすとは、思いもかけない。
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