五平の自宅がある大田区田園調布近辺での酒盛りとなった。
金持ち連中が居をかまえる場、富裕層が暮らす一帯だ。
その地に居をかまえるなど五平には思いも付かぬことだったが、同居する真理江のたってのねがいで中古住宅を買いとることを決意した。
幸いにも五平には結構な額のたくわえがある。
誰とて遺してやることもない金だ。真理江のためならと、決断した。
そんな真理江とは、一年ほどの付き合いになる。
ふらりと立ち寄ったいっぱい飲み屋の女主人だったが、それがかつて女衒時代に遊郭に斡旋した女人だった。
当初は気がつかなかった五平だが、ひとり静かに飲む五平にやたらと女主人がからんでくる。
「なんだ、このおんなは?」。奇異な思いをいだいていたが、客が五平ひとりになったときにその旨を告げられた。
まさかの再会におどろく五平であり、女衒としての後ろめたさからやっと解放されかけたところであり、女主人の意外なことばに救われる思いだった。
「はじめはね、すごくうらんだわよ。父親と、そして五平さん、あなたを」。なまめかしい目つきを見せながら話をつづけた。
「でもねえ、あのころは、もう生きるか死ぬか、そんなときだったもの。
あたしが売られるたことで、家族みんなが生きながらえたんだ、そうおもうとさ」。
とつぜんに女主人の目に涙があふれだし、ことばがつまった。
五平の目には、この女主人のことばが嘘であるように感じられた。
「すまなかった、ほんとにすまなかった……」。精いっぱいのことばだった。
酔うどころのさわぎではなく、正直のところ、この店にはいるんじゃなかったと後悔の念にかられた。
「五平さん、あんたには感謝の気持ちでいっぱいなんだよ。
あんたね、こういってくれたんだ。『いやなら、まだまにあうぞ』って。
そのことばでね、かくごができたのさ。だけど……
ああ、もう。あたしはなにいってんだろうね。どうにもはなしべたでねえ。
いっつもしかられてたよ、あいそがないって」
けっきょく店を早じまいしての、ふたりだけのさしつさされつとなった。
女主人の愚痴話をきかされる羽目になった五平だが、帰ろうと思えばかえられないわけではなかった。
ただ罪ほろぼしのためとおのれに言い聞かせてのことだった。
そしてぽつりぽつりと話しだした女主人のことばが、五平の心も軽くなっていった。
「本音をいうとねえ。いつまでも親をうらむことはできなくてさあ、五平さん、あんたを恨みつづけたんだよ。
恨んでうらんで、呪い○してやろうって。でもねえ、ふしぎなもんだね。
うらむってことはさあ、その相手のことを思うってことなんだよ。
いつの間にか、五平さん。あんたのことばっかり考えるようになっちまって。
ふふふ……。いつのまにか、あんたが好きになってたのかねえ」。
そしてその夜は、いっぱい飲み屋の二階に泊まった。
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