正男に言ったのかひとり言なのか「まず、セビジャーナスね」と、うなづいている。
あくびをかみ○す正男だったが、ひとり現れたダンサーが、床をタンタンと踏みならした。
腰を前後左右に振りながら、手の指をくねくねと回して踊る。
「うんうん」とうなずく沙織、しかし正男にはなんの感動もない。
舞台の両袖から、ふたりずつのダンサーが呼び出されるようにあらわれた。
手をたたきあいながら、床を踏みならして踊りあう。
互いに向き合ったダンサーたち、両手を高く上げてクルリクルリと回りあう。
よく見ると左右対称の踊りになっている。
そして迎えいれられるような形で、中央に進み出たスターダンサー。
五人が一斉にスカートの裾をひるがえしながら床をふみ鳴らす。
白い足に釘付けになった正男の視線の先に、日本人ダンサーを見つけた。
栄子だった。
素っ頓きょうに「おい、日本人じゃないか?」とさけぶ正男を、信じられないといった表情で「しずかにして! 恥ずかしいでしょ」と、沙織がたしなめた。
周囲もまた、眉をひそめている。
頭を下げる沙織に対し、どこ吹く風とばかりにしれっとしている正男だった。
パンフレットを見て「松尾栄子か、友情出演?」と声に出す。
退屈さをまぎらわすためなのだが、沙織には嫌がらせに思える。
「声にしないで!」と、いらだつ沙織だった。
その夜、くるったように沙織を求めた正男だったが、沙織の胸には“これで終わりかも”といった漠然としたおもいが去来した。
結婚相手としての条件は極上なのだが、正男という人間に違和感を、いや嫌悪感にちかいものを感じはじめていた。
欠点をあげつらったらだめ、と己をいましめるのだが、どうしても消えない。
ならばと、長所を思い浮かべてみる。
やさしい。しかし裏をかえせば優柔不断とも思える。
おしゃれ。といっても母親の見立てらしい。
裕福。親のことであり正男はフリーターだ。
結局打ち沈むだけの沙織だった。
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