業者の、
「ご遺体からの死臭のこともありますので、早めにされた方が……。万が一にも腐乱となりますと、お部屋中にしみついてしまいますし……」ということばにも、小夜子は納得しない。
「死んだんでしょ、武蔵は。もうおきないんでしょ!
お風呂にもはいっていないのよ。人いちばい汗かきの武蔵だもの、におって当たり前よ。
いいの、いいの。武蔵のにおいを、家中にばらまくんだから。
天井にもかべにも窓にも、よ。あの掛け軸にもあそこの絵にも。
あのテーブルでしょ、武蔵の大好きなソファにも。
あの花瓶にも水差しにも、なにもかもにつけるの。
それであたしは、その中で暮らすの。武蔵に抱かれて暮らすのよ、ねむるのよ。
いやいや、火葬なんてぜったいにイヤ!」と、手がつけられない。
そうひとしきり叫ぶと、その場に倒れこんでしまった。
すぐに医者が呼ばれたが、はげしい興奮状態で寝不足もかさなっているため、安定剤の注射を投与することで、ねむらせることになった。
武蔵の遺体については、深まった秋であることもありしばらくは腐敗することもなかろうということで、その日の移動はとりやめ、2日後の14日に会社からの出棺とすることが決まった。
2日後の14日早朝、ねむりつづけた小夜子が目を覚ました。
14日には、小夜子の状態にかかわらず、遺体を搬送することがきまっていた。
小夜子の怒りがどれほどのものになるか想像するだに恐ろしいことだったが、その責めを五平がとることをきめていた。
他の社員たちに波及することのないよう、ひとり五平だけが自宅にとどまることがきめられていた。
そんな中、小夜子が目を覚ました。おそるおそる、
「おくさま。本日、会社から出棺となります。
火葬の時間がきめられておりますので、おそくとも九時には出発いたします」と、五平がしっかりと小夜子をみながら告げた。
勝手に決めないで! とばかりに怒りにまかせた声がでるものと思っていた五平に
「そう。九時ね、わかったわ」
と、思いもよらぬことに、しずかに小夜子がこたえた。
「ではお待ちしています」と、早々に五平がへやをでた。
千勢が部屋にはいると、小夜子の身支度は終えていた。
「千勢にも見送らせてあげたいけど、武士をおねがいね」
「千勢はさきほど旦那さまとのおわかれをすませました。
きれいなおかおでした、わらっていらっしゃるような」
沈んだ面持ちのなか、かすかに笑みが浮かんでいる。
前夜までは、ただただなきくれていた千勢も、小夜子が平静さを取りもどすにつれて、武蔵のこれまでを思いうかべながら、閑かにみおくれると思いはじめた。
ふだんならば小夜子の顔をみない時間がふえるにつれて、むずかりはじめるのだが、昨日おとといはさほどでもなかった。
どころか昨日にいたっては、安置されている武蔵のそばにいき覚えたの「パパ」をいくどとなく口にした。
はやくおきろとばかりに、冷たくなったなったおでこやほほをぱふぱふと軽くたたきつづけた。
そして小夜子のもとにいき、じっと見つめてそのばに座り込んだりもした。
しかし特段にむずかることもなく、千勢の世話をうけた。
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