雨の上がった、翌朝。
「堀井くん。どうかな? 上客になってくれそうかな。
なんにしても、じっくりと、ねっちりと、成仏させなさい。
君も早くランクアップしなくちゃ、な」
「はい、頑張ります」
直立不動で、頭を深々と下げる一樹だった。俯いたままで、ニタニタとにやついてもいた。
“へっ。言われなくても、頑張るよ。おいしい、おいしいものが、待ってるんでね。
ねっ! 奥、さん。”と、ななめまえに陣取る社長夫人の加代をぬすみ見た。
加代もまた、顔を下に落としつつ、上目遣いで一樹を見ていた。
“頑張るのよ、早くランクアップしなさい。
あたしは、テータスのない男は、相手にしないからね”
「沢木専務、よろしく指導頼むよ」
「分かりました、社長」
知ってか知らずか、上機嫌で一樹と沢木の肩をたたいて、社長室に消えた。
「よくやった。この女をうまく使えば、ランクBに行けるかもしれんぞ」
「はい、ありがとうございます。健二さんのマニュアルのおかげです。
ホント、感謝してます。俺、ずっと、健二さんについて行きますから
沢木には心酔している、一樹だった。
思えば中学時代に、知り合った健二だった。
そのころの一樹は、どちらかといえば、いじめられっ子だった。
小学校ではわんぱくざかりで、恐いもの知らずの一樹だったが、中学ではそうはいかなかった。
他地区の生徒と折り合いがつかず、小競り合いが絶えなかった。
そしていつの間にか、ひとりになっていた。
公園で一人泣きくれたことも、一度や二度ではなかった。
トイレそばに立っている樹木の陰で、ひとしきり泣いてはその幹やら根っこを蹴るのが常だった。
反撃してこない相手に対して「くそっ、くそっ」と、思い切り蹴ったりなぐったりを繰り返した。
「いてえんだよ、このくそが!」。
足やら拳をはれ上がらせるだけのことだと分かっていても、何度も繰り返した。
中二の夏休みに繁華街に初めて足を入れた一樹は、さっそくからまれてしまった。
黒のTシャツにカーキー色のハーフパンツ、そしてブルーのスリッポンのスニーカーを履き、通りの真ん中辺りを歩いた。
どこから見てもお坊ちゃんであり、たむろしている不良グループの格好のターゲットになった。
で、そのトラブルを処理してくれたのが、沢木健二だった。
高校中退で十八歳の沢木だったが、警察にマークされるほどのワルだった。
ゆすり、万引き、そしてお定まりの暴力沙汰。
五人ほどのグループだったが、その喧嘩強さには定評があった。
半グレ集団との付き合いもあり、この界隈で沢木に逆らう者は、ひとりとしていなかった。
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