昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百五十八)

2022-07-13 08:00:21 | 物語り

 茂作のことが気になりだした小夜子だが、思いつめた幸恵を見ていると、むげな態度もとりづらくなっていた。
「申し訳ありません。小夜子さまのお立場も考えずに、勝手なことを申しました。
あら、もう日が落ちてしまいました。こんな時間までもうしわけありません。
まだお話したいことがいっぱいありますのに……」
 このまま立ち去るのが心残りだとばかりに、すがるような視線を小夜子に投げかける。
家中に入れてもらえないかと、目が訴えている。
しかし小夜子には、身支度がすんでいない。
それよりなにより、いまの憔悴しきった茂作を見られたくない。

「小夜子さま。明日のお帰りを、お見送りさせていただけませんか。
よろしかったら、駅までお送りさせていただけませんか」
 これ以上の無理強いはできぬと、とっさに浮かんだ思いをことばに変えた。
ぶしつけであることは分かっている。非常識だとも思う。
しかしどうしても、このままではおさめられない。
またの里帰りがあるだろうことは、幸恵にも分かっている。
その折にでも話を聞きますわよ、と小夜子の目は言っている。
しかしそれではだめなのだ、いまでなければだめなのだ。
もっとはやく来れば良かった、昨日にでも来れば良かった、そんな思いがある。
知らず知らずに、幸恵の目から涙があふれてきた。

 尋常らしからぬことなのだと、小夜子にもやっと分かった。
しかしいまは、どうしても家に上げたくないのだ。
「そうね。明日、ご一緒していただける? どうせお爺さまは知らぬ顔でしょうから。
今朝も早く出かけてしまうし、やっと帰ってきたと思ったら、ふてくされてしまって」
「きっと、お淋しくなられるからでしょう。うちの父もそうでしたから。
正三兄さんの上京時には、やはりどこかに雲がくれしてしまって。
その点、母親は強いです。上京する一週間程前から、あれこれと世話をやいていました。
前日なんか、いやがる兄を押しのけて、鞄の中をひっくり返していました。
父はもうあきれ顔でして、『いいかげんにしろ』と、母を叱りつけていました。
あ、ごめんなさい。お母さまのことは禁句でした」
 恐縮して体をちぢこませる幸恵だった。



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