茂作のことが気になりだした小夜子だが、思いつめた幸恵を見ていると、むげな態度もとりづらくなっていた。
「申し訳ありません。小夜子さまのお立場も考えずに、勝手なことを申しました。
あら、もう日が落ちてしまいました。こんな時間までもうしわけありません。
まだお話したいことがいっぱいありますのに……」
このまま立ち去るのが心残りだとばかりに、すがるような視線を小夜子に投げかける。
家中に入れてもらえないかと、目が訴えている。
しかし小夜子には、身支度がすんでいない。
それよりなにより、いまの憔悴しきった茂作を見られたくない。
「小夜子さま。明日のお帰りを、お見送りさせていただけませんか。
よろしかったら、駅までお送りさせていただけませんか」
これ以上の無理強いはできぬと、とっさに浮かんだ思いをことばに変えた。
ぶしつけであることは分かっている。非常識だとも思う。
しかしどうしても、このままではおさめられない。
またの里帰りがあるだろうことは、幸恵にも分かっている。
その折にでも話を聞きますわよ、と小夜子の目は言っている。
しかしそれではだめなのだ、いまでなければだめなのだ。
もっとはやく来れば良かった、昨日にでも来れば良かった、そんな思いがある。
知らず知らずに、幸恵の目から涙があふれてきた。
尋常らしからぬことなのだと、小夜子にもやっと分かった。
しかしいまは、どうしても家に上げたくないのだ。
「そうね。明日、ご一緒していただける? どうせお爺さまは知らぬ顔でしょうから。
今朝も早く出かけてしまうし、やっと帰ってきたと思ったら、ふてくされてしまって」
「きっと、お淋しくなられるからでしょう。うちの父もそうでしたから。
正三兄さんの上京時には、やはりどこかに雲がくれしてしまって。
その点、母親は強いです。上京する一週間程前から、あれこれと世話をやいていました。
前日なんか、いやがる兄を押しのけて、鞄の中をひっくり返していました。
父はもうあきれ顔でして、『いいかげんにしろ』と、母を叱りつけていました。
あ、ごめんなさい。お母さまのことは禁句でした」
恐縮して体をちぢこませる幸恵だった。
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