昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第一部~ (九十四)

2021-04-07 08:00:11 | 物語り
「社長、ちょっと。失礼、永山さん」と、武蔵に目配せをしてきた。
「なんだ? どうした」
 五平の意図を測りかねる武蔵は、怪訝そうな面持ちで五平に答えた。
三保子から少し離れた五平は、
「彼女に、ドレスでもプレゼントしてくださいな。
あたしがうまく言いますから、頷いてください。
お願いしますよ、トーマス准将のタイプなんです」と、耳打ちした。
「ああ、分かった」。武蔵が答える間もなく、五平は三保子に声をかけた。

「永山さん。大変失礼なんですが、ドレスをプレゼントさせてください。
いや、だからといって強制することはありませんから。
今夜お付き合いしていただく、そのお礼の気持ちですから」
「えっ? でも、それは……」

「遠慮しなくても、いいんですよ。社長の趣味のようなものなんですよ、プレゼントは。
若い女性が美しくなるのが、嬉しいんです」
「お嬢さん、加藤にお任せなさい。往来で、押し問答もないでしょう。専務、頼むぞ」。
ここがツボだとばかりに武蔵も五平に続いて畳みかけた。
返答をする間もなく、困惑顔を見せつつも五平に促されて三保子は、今し方のぞき込んでいた洋品店に入った。

“なるほど。こういった手口で、口説き落とすのか。
一度覚えた贅沢からは、中々抜け出せないだろうからな”。
店の中に消えた二人を見ながら、武蔵は一人頷いた。
“そう言えば、女給たちもだな。
普段は何や彼やと理由をつけては逃げるくせに「鮨でもつまむか?」と言うと、ほいほいと連いて来る。
浪江の奴は、その最たるものだ。この間は、バッグをねだられたな。
まったく、高く付く女だ。その点、加奈は安上がりだ。安物のブローチ一個でも、大騒ぎする”

 そんなことを考えていた武蔵に、五平が声をかけてきた。
「社長! 中に入って、三保子さんを見てください。
あたしの目に、狂いはなかったですよ。見違えるようですぜ」
 背中を押されるように店に入ると、恥じらいを見せる三保子が居た。
ほおーと、思わず感嘆の声を上げた。映画女優ばりの、妖艶な女性に変身していた。
大きく開いた胸元からは、こぼれんばかりの谷間が見える。
確かに、アメリカ人が好みそうに感じられた。
「恥ずかしいですわ、私……」。三保子は、俯きかげんで呟いた。

「いやいや、お似合いですよ。見違えました、実際。
さすがに、加藤の見立てだけのことはある。
ちょっと、回ってみなさい」
 言われたとおりに、三保子はクルリと一回りした。
パーと裾が広がり、膝の裏である膝窩が悩ましく武蔵の目に映った。
凝視する武蔵に対し、三保子は「そんなに見ないでください。恥ずかしいですわ、社長さん」と、甘えるような声を出した。

「さっ、行きましょう」。支払いを済ませた五平が、二人に声をかけた。
「三保子さん、恩に着る必要はありませんから。
詳しい話を聞いて、それで決断してください。納得した上で、ということにしましょう」。
そう言いつつも、半ば強要している。
恩に着るという言葉が、三保子にズシリと伸し掛かった。


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