人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

「技巧重視,スピード優先の演奏」へのアンチ・テーゼ~ポゴレリッチのショパンの協奏曲を聴く

2012年05月08日 06時45分58秒 | 日記

8日(火).昨夕,待ちに待ったイーヴォ・ポゴレリッチのコンサートをサントリーホールで聴いてきました山下一史指揮シンフォニア・ヴァルソヴィアの弦楽セクションによる伴奏でショパンのピアノ協奏曲第1番と第2番です

プログラムは別売になっていたので1000円以上は覚悟していたのですが500円でした 自席は1階13列4番で,左サイドの通路側です.いつものように会場ロビーには30分前に着きましたが,5分前に会場内に入ってびっくりしました 空席が目立ちます.1階前方の左右と後方,2階左右と後方ががら空きです.5~6割程度しか入っていない感じです.満員盛況と思っていたので,とても信じられない思いです

舞台の上を見てまたびっくり.ピアノ協奏曲なのに,ピアノがオーケストラの後ろ側にあるのです 変だと思ってプログラムを見ると,2曲の協奏曲のほかにモーツアルトの「ディヴェルティメントニ長調K.136」の曲名が載っていました.「なるほど,モーツアルトを最初に演奏して,その後でピアノを前に移動するのか」と思いました.しかし,演奏順はピアノ協奏曲第1番が最初で,休憩後にモーツアルトのK.136,その後,協奏曲第2番となっているのです

首をひねっているうちに,オーケストラのメンバーが舞台に出てきて配置に着きました.シンフォニア・ヴァルソヴィアは連休中ラ・フォル・ジュルネ(L.F.J)音楽祭に出演していたので,帰国せずに残っていたわけです L.F.Jもポゴレリッチもカジモト(音楽事務所)が絡んでいるので,来日前から手配していたのでしょう.編成は第1ヴァイオリン5,第2ヴァイオリン4,ヴィオラ3,チェロ2,コントラバス1という弦楽だけの15人編成です

指揮者とともにポゴレリッチが分厚い楽譜を抱えて舞台に現われます.やはり,最初に協奏曲第1番ホ短調を演奏するようです ピアノ協奏曲で「オーケストラの後ろでピアノを演奏する」形を見るのは生まれて初めてのことです

 

         

 

山下一史はタクトを持たずに両手で指揮をするようです.彼の合図で哀愁に満ちた,しかし力強い序奏が始まります そして,ポゴレリッチのピアノが最強音で打ち下ろされ,そこから世界が一変します だれの世界でもないポゴレリッチの世界が構築されていきます.あまりの遅いテンポに山下+オーケストラは見るからに合わせにくそうです そうかといって,ポゴレリッチが独断で勝手に弾いているかといえば,決してそんなことはなく,局面で指揮者の方を見てピアノの”入り”を確認したりしています

実はポゴレリッチが第1協奏曲を日本で演奏するのはこの日が初めてのことです.聴く前から彼の演奏スタイルはある程度予想できるのですが,実際に自分の耳で聴いてみると,すべての部分のテンポが遅いというのではなく,緩急と強弱の幅が異常なまでに大きいことが分かります また,アクセントのつけ方が独特です.注意深く耳を傾けると,彼の弾く一音一音が意味を持っているように聴こえます.とくに第2楽章「ロマンツェ」はゆったりとして抒情的で思わず聴き惚れてしまいました

第3楽章「ロンド」が溌剌と演奏され,フィナーレを迎えます.拍手の中,ポゴレリッチは楽譜を大事そうに抱えて舞台そでに引っ込み,また楽譜を抱えて出てきて拍手に応えます.オーケストラが引き上げたので,私は席を立ってロビーに出ましたが,まだ拍手が続いていて,どうもポゴレリッチだけが舞台に呼び戻されているようでした

 

          

 

休憩後の最初はモーツアルト「ディヴェルティメントK.136」.弦楽オーケストラだけで演奏されます.この曲はモーツアルトが16歳の時にザルツブルクで作曲されたものですが,春風が吹きぬけていくような爽やかな曲です シンフォニア・ヴァルソヴィアのメンバーは「これがわれわれの本来のテンポだよ」と言わんばかりの得意顔で生き生きと演奏していました

さて,いよいよショパンのピアノ協奏曲第2番ヘ短調です.実は,この曲の方が第1番よりも作曲も初演も早かったのですが,出版の順序が逆になったため,その時の番号がそのまま継承されているのです.ただ,どちらもポーランド時代の19歳と20歳の時の作品ですから,それほど年代の隔たりはありません

私はこの曲をポゴレリッチの演奏でショパン・イヤーの「ラ・フォル・ジュルネ音楽祭」で聴いています.会場は国際フォーラムAでした.その時の感動が忘れられなくて,この日のチケットを買ったと言っても過言ではありません

オーケストラのロマンチックなメロディーの序奏に導かれて,ポゴレリッチのピアノ・ソロが強打されます.第1番と同様に強弱と緩急の幅が非常に大きい演奏です しかし,耳が慣れてきたせいか自然に耳に届き,テンポの妥当性を感じます.この曲は第2楽章「ラルゲット」が白眉です.装飾された旋律が空中を漂います まさに男のロマンを感じます.途中で急にショパンの悲しみにくれた暗い表情が演奏に現われてドキッとしました ポゴレリッチの演奏には,時としてこういうことが起こります

第3楽章のマズルカ風のメロディーが奏でられ,オケもぴったりと付いてフィナーレに向かいます.あの日の再現です

会場一杯の拍手とブラボーに囲まれて,ポゴレリッチは楽譜を大事そうに抱えて,前に一礼,後ろを向いて一礼,また前を向いて一礼して舞台袖に引っ込みます.そしてまた楽譜を抱えて登場し,同じ動作を繰り返します.オーケストラが引き上げても,席を離れる人はほとんどいません.大きな拍手でポゴレリッチを迎えます.最後には指揮者の山下を連れて登場し,前後左右に一礼して引き揚げました

ポゴレリッチのピアノを聴いて思うのは,彼の演奏スタイルは「誰が何と言おうと,自分の信じた道を行く」という揺るぎない確信に基づいているということです.人によっては「極端なデフォルメだ」「やりたい放題のマイペースの演奏だ」と言って批判する向きもあるでしょう.しかし,その通りだったら,誰が高い投資をしてわざわざ彼の演奏を聴きに行くでしょうか そこには,人を納得させる演奏の力があります.決して独りよがりの脆弱な演奏ではありません.誰も達することの出来ない演奏の頂点に立っていると言っても過言ではないでしょう

ポゴレリッチの演奏は,現代の「技巧重視,スピード優先」の演奏スタイルに対するアンチ・テーゼではないか,と思います

 

          

 

 

          

コメント (6)
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