なぜ夢を見るのか。奇妙な夢を見るのは、脳が未知の事態に備えるためだった説
福田ミホ
夢、ときどきありますよね。
私は以前、ティラノサウルスのおなかの中に住んでる夢とか、どんなに捨てようとしてもいつの間にかキッチンに戻ってくる呪いの冷蔵庫の夢とかを見たことがあります。昨夜は、まだ買ってない青いカウボーイブーツを試着したいからって盗んでしまう夢を見ました。
夢ってときどき、ものすごくとんちんかんです。突拍子なさすぎて、たまたま脳が吐き出したデタラメだと思われがちです。
夢に目的なんてないように思われるかもしれませんが、タフツ大学の神経科学者・Erik Hoel氏は、学術誌「Patterns」に掲載された新たな論文の中で、おかしな夢にもちゃんと意味があると語っています。
荒唐無稽な幻覚のような夢は、我々が覚醒している間の体験を消化し普遍化するのを助けることで、より多様な状況に適応しやすくしているんだそうです。
脳の働きを人工知能になぞらえて解釈
「人生はときに退屈です」とHoel氏はリリースで話します。
「夢は、我々が世界のモデルに適合しすぎないために存在しています。」
夢の意義を説明する試みには、Hoel氏だけでなく今まで無数の研究者が挑んできました。
従来の仮説には、夢は願望の成就だとか、神経パルスの副産物だとか、長期記憶の整理を助けているとか、脅威をシミュレーションしてなどがあります。Hoel氏の仮説は、人の脳の働きをディープニューラルネットワークのそれになぞらえている点でユニークです。
Hoel氏がアイデアを得たのは、コンピューターの学習方法を考えているときでした。人工知能のニューラルネットワークは訓練用にデータセットを与えられますが、問題は人工知能がそのデータに慣れすぎてしまったときです。
人工知能にとっての世界は、そのデータセットを世界を真に代表する完全なものと捉えるためにとても小さな世界になってしまいます。
現実の世界とはカオスだらけで、予測不可能な混乱した場所です。
この問題は過剰適合または過学習と呼ばれ、Hoel氏の論文によれば「普遍化の失敗、そして新たなデータセットでの低パフォーマンスにつながる」わけです。
実経験の偏りを夢が補正
「人工知能は訓練中、データに適合されていきます」とHoel氏はメールで説明してくれました。
「犬と猫を見分けるネットワークの場合、(ネットワークの学習に使われた)データを構成する100枚の猫画像にたまたま共通していた特徴に固執してしまうかもしれません。
たとえば猫の写真はたまたま日中に撮ったものばかりで、犬の写真は夜に撮ったものばかりだった、というようなことです。」
「画像にノイズを加えたり、一部を黒く塗りつぶしたりすることで、新しいデータセットへの普遍化がしやすくなります。画像の中に、夜と昼の両方を含むようにするといったことです」とHoel氏。
「私の主張は、おそらく脳は過学習の問題に対処しているということです。夢は、我々が人生の枝葉末節にとらわれないために必要な、多様な刺激に触れるのを助けてくれるんです。」
またHoel氏の論文の言葉でいうと、「夢の生物学的意義は、まさにその奇妙さ、覚醒時の体験と大きく違っていることにこそある」のです。眠っている間に奇想天外な感覚刺激を受けることで、我々の脳は限られた実体験だけを普遍化することがなくなり、その結果いろいろなタスクでのパフォーマンスがより良くなるのだというのがHoel氏の考えです。
たとえば新しいカーレースのシュミュレーションゲームを始めたとして、普通はある程度やり込むとパフォーマンスがピークに達してそれ以上伸びなくなってきます。でも、夢がそのゲームへの新たな視座を提供することで、次の日にはもっと上達することもありうる、というわけです。ほんとにそうかどうかはわかりませんが、少なくともHoel氏はそう考えています。
たしかに、パソコンで文字を打ってたりExcelの表を作ってたり、起きている間に繰り返しやっている作業を夢に見ることってよくあります。しかもそんな夢は日常のコピーではなく、日常にありえない非日常が混在していることが多いのです。Hoel氏の主張は、そんな夢を見る根拠の説明になるのかもしれません。
研究には慎重な評価
ハーバード大学の夢の研究者で『Pandemic Dreams』の著者であるDeirdre Barrett氏は、この新たな仮説は「非常に奇妙な夢にはあてはまりそうだが、平凡で現実的な、または何度も見る夢に関してはそうでもないようだ」と言います。この研究には参加していないBarrett氏は、夢の「役割」を見つけようとする試みには基本的な間違いがあるといいます。
「我々は『目覚めている間の、思考の役割とはなんだろう?』と問いかけたことはありません。または少なくとも、それに対して一言で済む答えがあると思っていません」とBarrett氏。「夢の役割についてコンセンサスがない理由は、夢も心理学的・生物学的に非常にさまざまな役割を負っているためではないかと考えています。」
「私から見ると、この仮説は完全には説得力がないと思います」スウェーデンのシェーブデ大学とフィンランドのトゥルク大学でそれぞれ認知神経学・心理学の教授を務めるAntti Revonsuo氏は言います。「この論文では『夢の現象学』を真剣に捉えていると言いつつ、これまでの夢研究が示してきた夢現象学のあり方を、ややミスリーディングに提示しています。」
Revonsuo氏は、この論文の中でのいくつかの大きな主張が「完全には夢内容の研究に裏付けられておらず」、この仮説は「かなり恣意的に選ばれた証拠しか考慮していない」としています。Hoel氏の論文では、たとえば夢実験の被験者に繰り返しテトリスをプレイさせると、テトリスにインスパイアされた夢を見ることがあるという事例があげられています。でもRevonsuo氏はそんな現象があてはまるのは「眠ってすぐに見る夢だけで、多くの夢のように夜遅くに見る夢ではない」と言います。
さらに彼は「私がこの仮説を問題視するのは、夢現象学についてのやや不正確な一般化に基づいていて、関連研究文献にある全体的な証拠をレビューし総括してはいないからです」と付け加えます。
一方でRevonsuo氏は、この仮説を「新しく興味深い」と評価もしていて、「さまざまな環境や実験条件での、直接実験できるような夢予測」につながってほしいと言っています。ただ現在の形では「この仮説は一般的すぎ、非常に推論的で、どんな形でも経験的に検証するのは難しい」としています。
夢の探索は続く
Hoel氏は自身の理論を検証できるとしつつ、「現在の神経画像処理技術」や夢内容を自己申告する能力の限界からすると、どんな仮説に対する強力な裏付けも反証も現実的ではないと認めます。そして今後の研究では、「動物と人間の両方で仮説を検証し、夢の代替となるアイデアを追求すること」が求められるとしています。「夢の代替」とは、小説や映画といったフィクションが「人工の夢」として夢と同じように機能するということで、Hoel氏は今後その可能性を探っていこうとしています。
Hoel氏の究極の願いは、彼の仮説により他の研究者が「夢にはそれ自体役割があるものとして真剣に捉えるようになる」こと、そして「他のプロセスの間に起こる副現象」ではないと認識することです。
そもそも夢に目的があるのかどうかすらわかりませんが、夢の意味をめぐる人類の探索はこれからも続きます。