2024年10月2日 20時23分 NHK
イランのミサイル攻撃に対抗措置を行う考えを強調したネタニヤフ首相。
イスラエルの政治に詳しい専門家は、この1年、ガザ地区、そしてレバノンでの軍事行動を強めてきたイスラエルの姿勢について「イスラエルはいま“7正面”の戦争を続けていて、何かが起きればより大きな戦争になるリスクを抱えています」と話します。
ハマス、ヒズボラのトップを殺害し、レバノンへの地上侵攻にまで踏み切ったイスラエルのねらいは何なのか。この戦争はどこに向かうのか。詳しく解説します。
(ニュースウオッチ9キャスター 佐藤真莉子 / 国際部記者 勅使河原佳野)
イランのミサイル攻撃 同じ日に… 10月1日午後7時半、イスラエル軍は「180発を超える弾道ミサイルがイランからイスラエルに向けて発射された」と発表しました。 エルサレム上空(2024年10月1日) イランは、ことし7月にハマスのハニーヤ最高幹部、9月にはヒズボラの最高指導者ナスララ師が殺害されたことへの報復措置だとしています。
同じ1日の未明、イスラエル軍が発表していたのが、レバノン南部での「限定的な地上作戦の開始」でした。
9月に入ってレバノンのヒズボラへの攻勢を強め、2006年以来、18年ぶりの“レバノン侵攻”にまで踏み切ったイスラエル。
今後、中東情勢はどうなるのか、イスラエルの政治やパレスチナ問題に詳しい防衛大学校の立山良司名誉教授に聞きました。 防衛大学校 立山良司 名誉教授 (以下、立山教授の話。インタビューは10月1日に行いました) なぜレバノンに地上侵攻した? まず1つは、去年10月以来、ガザの戦いを支援するという形で、レバノンのヒズボラが毎日のようにイスラエルに攻撃を仕掛け、イスラエル軍が反撃するという攻撃の応酬が続いていますが、いっこうにそのレベルが落ちず、むしろイスラエルから見ればヒズボラの攻撃が強まっています。 そうした中で、イスラエル北部の住民は6万、7万ともいわれる住民が避難していて、避難民からはネタニヤフ政権に対する批判も強まっています。
それとあわせて、こう着状態が続いているヒズボラとの対立をなんとか打開しろという声も相当強くなってきたわけです。
また、ガザでのハマスとの戦いはかなり激しさが下がってきて、一時のような感じではありません。
今は小さな拠点に残っているハマスの戦闘員、少数の戦闘員のグループを掃討する作戦を続けている状況で、大規模な部隊を投入してハマスに戦闘を仕掛けるという状況ではないわけです。
だからこそ、ガザに展開していた地上部隊の主力を、北に向けてレバノンの国境に投入したということだと思います。 レバノン国境近くに集結したイスラエル軍(イスラエル北部 2024年9月30日) ナスララ師殺害がターニングポイント? イスラエルは9月中旬以降、ヒズボラに対する攻撃を強めていて、ナスララ師だけでなく相当数の幹部も殺害したことで、イスラエルとしてはヒズボラの指揮命令系統がかなり機能しなくなっているのではないかという見方をしていました。
さらに、ヒズボラが持ってるといわれているミサイルも相当破壊したということで、ヒズボラがある程度弱体化している、地上攻撃をして大きな打撃を与えるチャンスだと判断したのだと思います。 ヒズボラ最高指導者 ナスララ師(2013年) 地上侵攻は限定的なもの? イスラエルとしては多正面で戦っているわけで、レバノンだけに軍を集中するわけにはいきません。
そうなると、地上戦も一定程度限定したものにならざるをえず、レバノン南部のヒズボラの拠点を激しく攻撃することによって、レバノン南部でのヒズボラの力を弱らせる。それ以上はイスラエルとしても望んでいないし、軍事的に難しいだろうと思います。
ヒズボラは2011年から始まったシリア内戦でずっとアサド政権側について戦っているので、戦闘員たちの実戦経験がものすごく豊富です。
そういう戦闘員がヒズボラにはいるので、地上戦になればイスラエルとしても相当激しい戦闘が展開されると考えられます。
イスラエルとしては、一定程度ヒズボラに打撃を与えてさっと引くということを想定しているのかもしれませんが、ヒズボラとの戦いが長期化する危険性がないとは言えないと思っています。 ヒズボラの戦闘員(レバノン 2023年) アメリカの対応は? バイデン政権そのものはこれまでの1年間でいろんな休戦、停戦工作を行ってきましたし、ついこのあいだもフランスと一緒に一時的な休戦を呼びかけました。 アメリカ バイデン大統領 しかし、ネタニヤフ首相が聞く耳を持っていない状況で、アメリカの呼びかけというのはほとんど届いてないわけです。
加えて、アメリカは1980年代にレバノンで多数の大使館員や海兵隊員をヒズボラに殺されていて、ヒズボラをテロ組織として敵対視しています。
ナスララ師が殺害されたときに、バイデン大統領は「正当な措置である」として、ある意味で称賛しました。
そうしたことを踏まえ、イスラエルとしては、ヒズボラへの攻撃を仕掛けてもアメリカは支援をしてくれると考えて攻撃に踏み切ったのだろうと思います。 ヒズボラとの戦い いつ終わる? ヒズボラがイスラエルを攻撃し始めたのはガザを支援するためであって、これまでヒズボラはガザで停戦しないかぎりイスラエルに対する攻撃を続けると言っています。
ヒズボラとしては少なくともイスラエルへの攻撃を止める理由はないです。だから、何らかの形でイスラエルへの攻撃は続ける。
そうするとイスラエルとしてはそれが地上戦の形であれ、あるいは地上部隊を引き上げたあとでの空爆とか、そういう攻撃であれ、攻撃を続けなければいけないという状況は変わらないと思います。 イスラエル ネタニヤフ首相 ヒズボラの余力はどれぐらい? ハマスですらいまだにロケット弾を撃ってるわけで、その程度のことは誰でもできますし、ヒズボラははるかに強く、組織的にもしっかりしています。
ヒズボラはいま、15万発のロケット弾やミサイルを持っていると言われていて、イスラエルがこれまでに何発のミサイルを破壊したのかわかりませんが、たとえ半分破壊していたとしても、まだ7万発、8万発持ってるわけです。
ナスララ師や司令官クラスが何人いなくなっても、ヒズボラが軍事的に全く手も足も出なくなるような状況を作り出すというのは不可能なのです。 イスラエル北部に着弾したロケット弾(2024年9月) 1年に及ぶ戦闘 イスラエルも苦しい? イスラエルがいまやってることは、軍事的、経済的、社会的な合理性を考えると、全く合理的な状況ではありません。
ヒズボラとの戦争はガザが停戦しないかぎり終わりませんし、イエメンのフーシ派もどんどん撃ってきて、2000キロも離れたイエメンまで2回も空爆を行っています。
経済はどんどん悪くなり、アメリカは別としても国際的な批判も高まってます。
また、すでにイスラエルの兵士が相当数亡くなっていますし、負傷者も多いです。精神的にまいっているような兵士もかなりいるようです。
1年間の戦闘で、兵器も相当壊れたり部品がなくなったりという状況も出てきているようです。
ヒズボラだけを攻撃するような作戦ではありませんので、それだけイスラエルとしても苦しい作戦だろうと思います。 フーシ派によるミサイルの発射(イエメン 2023年11月) イスラエルはなぜ続ける? イスラエルとしては、やり続けているのは合理的な理由ではなくて、イスラエルのユダヤ人の社会の中での10月7日のショックというか怒りというか、あの出来事に起因している恐怖心というか、そういうものを少しでも和らげたいという意識が強いんだと思います。
私は最近、合理的に説明をしようというのは無理だと思っています。
彼らのゴールというのは、彼らの気持ちが癒やされる、彼らの恐怖心が少しでも小さくなるということで、それに政治的な思惑や入植者の運動などが絡んで「ガザに再入植しよう」みたいな声が結構あるわけです。
恐怖心やショックという意識と、右派を中心とする大イスラエル主義的な思想が一緒になって、ガザ戦争を終えられない状況があるのだと思います。 検問所を襲撃するハマスの戦闘員(2023年10月7日) ネタニヤフ政権への反発はない? そういう声は、イスラエル社会、ユダヤ人社会の中でむしろ減ってきてると思います。
例えば、ネタニヤフ首相が率いているリクードという政党の支持率が上がってきたり、ネタニヤフ個人の支持率も時々、世論調査によってはトップになったりしています。
イスラエルのユダヤ人としては、10月7日に受けた屈辱とか恐怖心を、戦争を続けることによって癒やしているという状態だと思います。
合理的に考えれば、これでは人質が帰ってこないでしょうとか、経済がもっと悪くなるでしょうとか、軍隊だってどんどん疲れてくるでしょうといった問題があるのですが、その一方で、自分たちの気持ちが癒やされないということがあるんです。 音楽イベントの参加者を連れ去る戦闘員 だから、ナスララ師の暗殺などのニュースにはイスラエル国民は戦争反対、賛成関係なく拍手を送るわけです。
それは留飲を下げるということ、あるいは、本当は長期的には逃れられないのですが、自分たちがこれで多少は恐怖から逃れられるという気持ちがあるのだと思います。
現地の新聞では、暗殺があるたびに支持率が上がる、上がっては下がり上がっては下がりということを繰り返していると報道されていました。 今後どうなる?紛争の拡大は? ガザにしてもレバノンにしても停戦が成立する見込みが今のところないですから、そうなるとその7正面の戦争※、イスラエルとしては7正面の戦闘が続き、イスラエルは攻撃を受けるたびに何らかの形で反撃報復を繰り返すことになります。
ヒズボラがミサイルを何十発もテルアビブに向けて撃って、イスラエル市民に多数の死傷者が出れば大変なことになる。はるかに大きな報復攻撃をベイルートにするでしょう。
そうなると中東全体はいつも不安定で、何か起きればより大きな戦争になるのではないかというリスクを抱えたままの状態が今後も続くだろうと思います。 ※ 7正面の戦い ガザ地区、ヨルダン川西岸、レバノン、シリア、イラク、イラン、イエメンの7か所 イスラエル軍の攻撃で破壊された建物(レバノン ベイルート郊外 2024年10月) (2024年10月1日ニュースウオッチ9で放送)
ニュースウオッチ9キャスター
佐藤 真莉子 2011年入局 福島局、社会部、国際部、アメリカ総局を経て現所属 国際部記者 勅使河原 佳野 2019年入局 松山局を経て2024年9月から現所属 中東・アフリカ地域を担当
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アメリカのバイデン大統領がこう警告するのは、中東各地でアメリカ軍の施設などに攻撃を繰り返す「抵抗の枢軸」と呼ばれる武装組織のネットワークです。
イスラエル軍とイスラム組織ハマスが衝突するなか、「抵抗の枢軸」の1つイエメンのフーシ派によって日本企業が運航していた貨物船が乗っ取られる事態まで起きています。
活動を活発化させる「抵抗の枢軸」とはいったい何なのでしょうか。
(テヘラン支局 土屋悠志 / ワシントン支局 渡辺公介 / ドバイ支局 スレイマン・アーデル)
イスラエルを囲む “抵抗の枢軸”とは
“抵抗の枢軸”とは、中東各地でイランが支援する武装組織のネットワークを指した言葉です。イラン自身も「抵抗の枢軸」という言葉を使っています。共通するのは、イスラエルやアメリカに「抵抗」するとして、対決する姿勢を示していることです。
実際、どんな組織で、どのようなメンバーで構成されているのか。公式なものはありませんが、3年前、イランがその陣容を内外に意図的に誇示した瞬間がありました。
演説するイランの精鋭部隊「革命防衛隊」の司令官(2020年)
2020年1月、アメリカとイランの対立が激化するなかで、イランの軍事精鋭部隊である革命防衛隊の司令官が演説したシーンです。
司令官の背後には、ずらりと旗が並べられていました。イランと関係が深いとされる各組織の旗です。
その中には、今、イスラエルと戦っている「ハマス」や、レバノンのイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」、イエメンの反政府勢力「フーシ派」、「カタイブ・ヒズボラ」などのイラクやシリアの民兵組織などが含まれていました。
“抵抗の枢軸”を支援するイラン
「抵抗の枢軸」に対しては、イランの革命防衛隊の中でも、国外での工作活動などを担う「コッズ部隊」が支援にあたっています。支援内容は兵器や資金・資材の提供、それに軍事顧問による訓練など、多岐にわたるとされます。
革命防衛隊の軍事演習(2023年8月公開)
各組織がそれぞれの国や地域で生まれた歴史的な経緯はさまざま。また、イランと各組織との関係性や意思決定への関与の程度も幅があるとみられます。
アメリカ国務省は2021年の報告書で「イランは年間1億ドルをハマスなどのパレスチナのテロ組織に提供している」と指摘しています。10月、取材に応じた革命防衛隊の元司令官も、長年のイランの支援がハマスの兵器開発能力を向上させたと誇示しました。
革命防衛隊の元司令官 キャナニモガダム氏
キャナニモガダム氏 「ガザ地区は閉じられているが、イランはサイバー空間などを通じた技術移転や財政支援によって彼らがミサイルや無人機を自分たちで作れるように後押ししてきた。われわれの支援が間違いなく戦争の質に影響を与えている」
最大の脅威 レバノンの「ヒズボラ」とは
「抵抗の枢軸」の中でも、イスラエルが最大の脅威として警戒するのが、隣国レバノンを拠点とするヒズボラです。
すでにハマスに呼応してイスラエル北部への砲撃などを繰り返し、攻撃の応酬が起きています。最高指導者のナスララ師は11月3日の演説で「戦線は複数に拡大した」と明言しました。
レバノンのシーア派組織「ヒズボラ」の最高指導者ナスララ師
ヒズボラは1982年、レバノンに侵攻したイスラエルに抵抗する民兵組織として発足。国内では政党としても活動して国政に強い影響力を持つほか、戦力は政府の正規軍をしのぐと言われています。
2006年にはイスラエル兵を拉致して、大規模な戦闘に発展。レバノン側でおよそ1200人、イスラエル側でおよそ160人が死亡したとされています。
葬儀に参列するヒズボラの戦闘員(レバノン 2023年10月)
イスラエル国家安全保障研究所によると、ヒズボラの戦闘員は推定5万人から10万人。
テルアビブなどイスラエルの主要都市を攻撃できる射程300キロの短距離弾道ミサイルをはじめ、ミサイルやロケット弾あわせて15万発を保有すると指摘しています。攻撃や偵察用に最大400キロ飛行可能な無人機も保有するとされます。
また、隣国シリアの内戦にも介入し、イギリスのシンクタンク「国際戦略研究所」は、今も7000人から8000人の戦闘員が活動すると指摘。このため、ヒズボラはイスラエルに対し、南のハマスと連携しながら、北からたびたび攻撃を加えるとともに、北東のシリアからもにらみをきかせているのです。
そのヒズボラはイスラエルと全面的な戦闘に入るのか、専門家は次のように指摘します。
ブルッキングス研究所 オハンロン上級研究員 「可能性はまだ5割以下だと思う。なぜなら、ヒズボラはイスラエルが一度に複数の問題を処理する能力があることも理解しているし、アメリカもその手助けをするかもしれないからだ。 さらに、ヒズボラは、社会福祉組織として、また政府の一部として、レバノン国内の権力基盤を維持することに関心がある」
イエメンの「フーシ派」とは イスラエルの戦線拡大か
一方、イスラエルにとって新たな脅威も生まれています。アラビア半島の南端、イエメンの反政府勢力「フーシ派」です。
10月19日、アメリカ国防総省は、紅海北部に展開していたアメリカ海軍のミサイル駆逐艦「カーニー」が巡航ミサイル3発と無人機を撃ち落としたと発表。フーシ派が発射したもので、攻撃目標はイスラエルだったとの見方を示しました。
フーシ派が公開した イスラエルに向けて発射されたミサイル(イエメン 2023年11月)
さらに、11月8日にはイエメンの沖合で、アメリカ軍の無人偵察機「MQ9」をフーシ派が撃墜。翌日9日にはイスラエル南部の都市エイラートに向けてフーシ派が発射した弾道ミサイルを撃墜したと、イスラエル軍が発表しました。
いずれも、フーシ派が自ら行った攻撃だと認めています。その幹部が10月31日、NHKのオンライン取材に応じました。
イエメンの反政府勢力「フーシ派」 ナセルディン・アメル報道官
アメル報道官 「攻撃は始まったばかりだ。今後、これまでとは比べものにならない攻撃を仕掛ける。私たちは4年も5年も前からイスラエルへの攻撃を想定して準備を進めてきた」
国際戦略研究所によると、フーシ派はおよそ2万人の戦闘員を抱え、イランの協力で軍備を増強してきたといいます。
9月、フーシ派が首都サヌアで行った軍事パレードでは、射程が最大1950キロとされ、イラン製の中距離弾道ミサイルと同じタイプとみられるミサイルが公開されました。
イエメンからイスラエルの国境までは、最も近いところでおよそ1600キロ。国際戦略研究所は、このミサイルがイスラエルの一部を射程におさめる可能性を指摘しています。
これまでフーシ派は、イエメンの内戦で敵対する政権側を支援するサウジアラビアやUAE=アラブ首長国連邦などに対し、ミサイルや無人機で石油施設や軍の基地を攻撃することはありました。しかし今、その矛先がイスラエルにも向けられているのです。
また、イエメンはスエズ運河へとつながる紅海の入り口に位置し、この一帯は国際的に重要な航路となっています。フーシ派は、紅海などを航行するイスラエルの船舶も攻撃対象だと警告しています。国際的な物流にも影響を及ぼす可能性も出ています。
アメリカが警戒強める イラクとシリアの民兵組織
イラクやシリアにはイランと関係の深い民兵組織があり、「抵抗の枢軸」として活発な動きを見せています。
「カタイブ・ヒズボラ」などがその1つです。両国には、アメリカ軍も駐留しているため、たびたび攻撃対象となっているのです。
アメリカによる 民兵組織「カタイブ・ヒズボラ」への空爆(イラク 2019年)
イラクでは2014年、過激派組織IS=イスラミックステートが台頭し、広い地域を支配下に置きました。混乱の中、敗走を繰り返す政府軍に代わりISと対峙たいじ したのが、イランの精鋭部隊「革命防衛隊」の支援を受けた民兵組織でした。
民兵組織はISを弱体化させた後、いわば「イランの代理勢力」として影響力を保持。
今、その民兵による攻撃が相次ぐ状況について、専門家は、イランがこの地域のアメリカの影響力の排除を狙ったものだとの見方を示しています。
オハンロン上級研究員 「アメリカ国防総省は一連の攻撃を深刻に受け止めていると思う。イランの支援を受けた勢力がイランの兵器を使ってアメリカ軍の基地を攻撃することは、イラク戦争が激化したころから、長年、行われてきた。 イランはこの10年間、シリアからアメリカ軍を追い出そうとしてきており、その延長とみることができる」
11月5日、イラクを電撃訪問したアメリカのブリンケン国務長官は「イランと連携する武装勢力からの攻撃や脅迫は、決して容認できない」と述べ、牽制けんせい 。
訪問したイラクで会見する アメリカ ブリンケン国務長官(2023年11月)
10月17日以降、シリアとイラクに駐留するアメリカ軍の部隊に対して繰り返される無人機やロケット弾による攻撃。
国防総省は11月9日までに、あわせて46回の攻撃を受け、56人がけがをしたと明らかにしました。
さらにアメリカ軍も報復のため、11月12日までに3回、イランの革命防衛隊などが使用するシリア東部施設を攻撃しましたが、その後も民兵による攻撃は歯止めがかかりません。
アメリカによる 武器倉庫とされる建物への空爆(2023年11月)
ニュースサイト、アクシオスによると、アメリカ軍の兵士はことし10月現在でおよそ4万5000人が中東各国に駐留しています。
こうした駐留米軍への攻撃で大きな被害が出れば、中東全域で緊張が高まる事態になりかねません。
異例の発表 警戒強めるアメリカ軍 相次ぐ空母派遣
11月6日、アメリカ軍が異例の発表を行いました。
通常、その動向を公表することがない原子力潜水艦が、中東地域に到着したと、わざわざ明らかにしたのです。
スエズ運河を航行するアメリカの原子力潜水艦(2023年11月)
その狙いは、原子力潜水艦の存在を誇示することで、「抵抗の枢軸」の動きをけん制することにあるとみられています。
これだけではありません。
アメリカ軍は、イスラエルとハマスの衝突のあと、相次いで中東地域やその周辺に空母を派遣。空母「ジェラルド・フォード」をイスラエルに近い地中海東部に、さらに、空母「アイゼンハワー」をイスラエルの南側にある紅海などを管轄する部隊に配置することを指示しました。
アメリカが地中海に派遣した空母「アイゼンハワー」
さらに、迎撃ミサイルシステム「THAAD」の配備と地対空ミサイルシステム「パトリオット」の中東への追加配備も指示。有力紙、ウォール・ストリート・ジャーナルは、イラクとシリア、クウェート、ヨルダン、サウジアラビア、そしてUAE=アラブ首長国連邦に配備されると報じています。
アメリカ軍としては防空システムによって中東地域での守りを固めつつ、原子力潜水艦や空母を展開させて、「抵抗の枢軸」の動きににらみをきかせた形です。
「抵抗の枢軸」はイランの言いなり?
「抵抗の枢軸」の中心であるイランについてみれば、その軍事力は中東有数です。
国際戦略研究所によると総兵力は61万人。ミサイルと無人機の開発に最近は力を入れていて、こうした武器が各地の武装勢力に渡っていると指摘されています。
革命防衛隊(テヘラン 2012年)
ただ、イラン政府はイスラエルを強く非難する一方で、10月7日のハマスによる大規模攻撃には「関わっていない」としています。また、各武装組織についても「それぞれの判断で行動している」と主張しています。
アメリカも10月7日の攻撃がイランの指示や調整の上で行われたという見方は示していません。しかし、武装組織のアメリカ軍への攻撃については「イランが積極的に支援しているものもある」としてイランの関与を指摘しています。
今後、イランが直接、イスラエルとの戦闘に加わることはありえるのでしょうか。
イランの外交アナリスト ゼイダバディ氏
ゼイダバディ氏 「イスラエルに戦いを挑むことはアメリカやNATO=北大西洋条約機構との破滅的な戦いを意味し、イランにはそんな戦争の用意はない。 ガザ地区での民間人の犠牲がイスラエルに停戦を求める国際的な圧力になり、停戦が実現すれば、ハマスにとっては『勝利』を意味する。イランはそれを期待している」
ただ、思わぬ計算違いはいつでも起こる可能性があり、中東各地に紛争が拡大する可能性はくすぶっています。
ガザ地区をめぐる状況とともに、中東地域全体の動きに世界の目が注がれています。