10/31(日) 11:16配信
プレジデントオンライン
歯周病のある人とない人で新型コロナでの死亡率を調べたところ、歯周病の人は死亡率が8.81倍高いというデータがある。大阪大学大学院歯学研究科の天野敦雄教授は「歯周病菌はウイルスの働きを活性化させてしまうため、感染しやすくなるだけではなく重症化のリスクも高まってしまう」という――。(第2回)
【図表をみる】歯科衛生士による専門的口腔ケアはインフルエンザ発症率を低下させる
※本稿は、天野敦雄『長生きしたい人は歯周病を治しなさい』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■歯科衛生士によるケアがもたらす「三つのメリット」
口のなかは汚い。これが世間でも少しずつ理解されるようになり、さまざまな場面で専門的な口腔ケアが重視されるようになってきました。
歯科衛生士が口のなかをキレイにするプロフェッショナルケア(以下、プロケア)と、患者自身が歯をみがく、あるいは看護師にみがいてもらう場合を比較したところ、歯科衛生士によるプロケアを受けた場合のほうが明らかによい結果が出ているからです。
次の三つは、大きな差が出たことで、プロケアが日常的に行われるようになっています。
① 手術の入院期間が短くなる
手術の前に歯科衛生士に口のなかをキレイにしてもらってから手術を受けた人は、平均して2割も入院期間が短くなることが明らかになりました。ちなみに、患者自身で歯をみがいた場合と看護師にみがいてもらった場合では、結果に大きな差はありませんでした。
早く退院できるということは、手術後の経過がよい、治りが早いということです。これを受け、手術の前後(周術期)の口腔機能管理への保険適用が認められたため、最近は歯科衛生士をスタッフとして迎える病院がふえています。
手術の前には歯科衛生士による専門的な口腔ケアを行うことがスタンダードになりつつあり、私のいる歯学部附属病院のスタッフも、同じ大学の医学部附属病院のさまざまな診療科からの依頼を受けて患者さんの術前ケアを行っています。
しかし、もともと現役の歯科衛生士の数は少ないので歯科での衛生士不足が起きるのではないかと、私たち歯科医は心配しています。
② 肺炎が少なくなる
これは要介護5の寝たきりの高齢者が多い老人施設で明らかになったことです。定期的に歯科衛生士による専門的なケアをしてもらうと、風邪や肺炎にかかる人が少なくなるほか、誤嚥(ごえん)性肺炎のリスクが軽減されることがわかりました。
肺炎は日本人の死因5位の病気です。口をきれいにすることが命を守ることにもつながるということです。
③ インフルエンザの発症が少なくなる
在宅療養の高齢者が歯科衛生士に定期的にケアしてもらうと、自分で歯をみがいているだけの人に比べて、インフルエンザの発症率が約10分の1になったという結果が出ました(図表1)。定期的なプロケアを受けることで、風邪や肺炎だけでなく、インフルエンザの発症も防ぐことができるのです。
■歯周病菌がウイルスの働きをアシストしてしまう
インフルエンザウイルスは、ただ鼻や口のなかに入っただけでは感染しません。ウイルスと、鼻や口の細胞がくっつく(結合する)ことで、はじめてウイルスの増殖がはじまり、感染したということになるのです。このウイルスとの結合をアシストするのが、歯周病菌をはじめとする口のなかの悪玉菌です。
とくに歯周病菌のタンパク質分解酵素は、この結合力を高めるはたらきをすることがわかっています。つまり、歯周病の人はインフルエンザに感染しやすいということです。このタンパク質分解酵素は、もともと身体のなかにもあるものですが、微量のため、インフルエンザウイルスに感染するリスクはそれほど高いものではないのです。
しかし、ジンジバリス菌は強いタンパク質分解酵素をもっています。ほかの歯周病菌もジンジバリス菌にはおよばずともタンパク質分解酵素をもっています。ですから、歯周病菌をはじめ非常に強いタンパク質分解酵素を持っている悪玉菌が口のなかにいると、インフルエンザのウイルスが口のなかに棲み着きやすくなってしまうということなのです。
■口のなかが汚れていると、インフルエンザ治療薬の効果が低下する
口のなかが汚れていると、インフルエンザに罹(かか)りやすくなるだけではありません。その治療薬の効果も出にくいことがわかっています。それはなぜか。
抗インフルエンザ薬と呼ばれる治療薬の作用を、口のなかの細菌が邪魔をするからです。たとえば、抗インフルエンザ薬のタミフル。これは、細胞内で増殖したインフルエンザウイルスが外に拡散しようとするのをブロックすることでウイルスを封じ込めます。
細胞のなかで増殖したウイルスは感染を広げようと準備万端でいるところを、タミフルがブロックすることで外に拡散できないため、細胞内に留まっているしかできず、炎症が治まっていきます。だから抗インフルエンザ薬は効くのです。
ところが、口のなかに棲む細菌には、細胞内で増殖したウイルスが外に拡散しようとするのを助ける作用をもった菌がいます。その菌はウイルスではありませんから、抗インフルエンザ薬ではブロックすることができません。ですから、感染を完全に阻止できず、「クスリを飲んでも効かない」ということが起きるのです。
口のなかが汚れている人は、身体のなかで猛威をふるおうとするインフルエンザウイルスに、自分の口にいる悪玉菌が手を貸しているという状態なのです。
■歯周病の人は新型コロナに感染しやすく悪化しやすい
インフルエンザウイルスが身体に侵入してきたときに付着しやすいのは、口のなかの柔らかい粘膜です。頬の内側や唇と歯ぐきの間などは、普段の歯みがきではブラシでこすらない場所です。
ですから、マウスウォッシュを使ってぶくぶくうがいをすると、より感染を防ぐことができます。とくにインフルエンザが流行する時期は、歯科での定期メンテナンスも含めてオーラルケアを念入りに行いましょう。
未だ流行終息の気配がない新型コロナウイルスも同様です。歯周病のある人は感染しやすいことがわかっています。インフルエンザも新型コロナも、どちらも感染によって発症する病気ですが、ウイルスが細胞にくっつく場所(レセプター)はそれぞれ異なります。
ただ、このレセプターがウイルスに発見されやすくなるように、歯周病菌が手助けをするメカニズムはまったく同じです。歯周病菌のタンパク質分解酵素がレセプターの周りの粘膜を溶かし、ウイルスをくっつきやすくしているのです。
ウイルスと細胞のレセプターがくっついてはじめて感染がはじまります。つまり、レセプターとくっつきやすくするということは、新型コロナに感染しやすくなるということです。
しかも、歯周病の人は新型コロナに感染しやすくなるだけでなく、感染後に悪化しやすいことも、つい最近明らかになっています。これも歯周病菌のタンパク質分解酵素が原因です。タンパク質分解酵素が感染を活性化させる作用をもっています。ですから、新型コロナの感染リスクを下げるには、口のなかの歯周病菌の量を減らすことです。
インフルエンザの場合と同じように、普段から口のなかをキレイにしておくことが重要かつ効果の高い方法なのです。
■歯科治療の頻度が下がると新型コロナの感染リスクは高まる
全国的に新型コロナの感染が蔓延し、病院への受診控えが起きたことが問題になっています。がんの発見が遅れ、高血圧や糖尿病、心臓病などの持病を悪化させる人がふえているからです。
歯科でも同じように定期メンテナンスを控える人が多くなり、虫歯や歯周病を悪化させてしまうケースが出てきています。しかし、じつはこれが却って新型コロナの感染リスクを高めてしまうことにつながっているのをご存じでしょうか。
とくに高齢者は、感染リスクを二重三重に上げてしまうことになりかねないため、注意が必要です。さらにそれに加えて、糖尿病や高血圧、心臓病などの持病がある人は、新型コロナの感染を恐れて病院への定期通院を控えることで、それらの持病を悪化させると、新型コロナに感染してしまったときに、その持病のコントロールができていないことが、より重症化するリスクを高める結果につながります。
新型コロナで重症化しやすい基礎疾患といわれているさまざまな病気は、歯周病が関係する全身の病気でもあるからです。おさらいになりますが、歯周病の人は口のなかに常に炎症が起きています。
進行している人はとくに歯ぐきの血管から歯周病菌も炎症性サイトカインも血液にのって全身へ運ばれ、さまざまな臓器に拡散しています。新型コロナで最も起きやすいのはコロナ肺炎ですね。
肺にも当然、この炎症性サイトカインがたくさん運ばれているため、歯周病がない人よりも肺炎の炎症がひどくなります。ボヤにガソリンを注がれて燃え広がるようなサイトカインストームと呼ばれる重症化が容易に起きてしまうということです。
■歯周病がある人は新型コロナで死亡する確率が8.81倍も上がる
糖尿病や高血圧、心臓病など基礎疾患と呼ばれている病気が起きている臓器にも、炎症性サイトカインがたくさん届いています。しかも、新型コロナの感染を恐れて、受診控えをしたことでその持病が悪くなってしまっていたら、より炎症が進んでいるということです。
小さな火事にガソリンが注がれて一段と燃えさかってしまうということなのです。
次のデータは『ジャーナル・オブ・クリニカル・ペリオドントロジー』という権威ある一流ジャーナルに掲載された論文で報告されたことをまとめたものです。歯周病がある人とない人とで、新型コロナの重症化の割合を調べたところ、
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歯周病がある人258人のうち、重症化したのは33人(12.8%)
歯周病がない人310人のうち、重症化したのは7人(2.3%)
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と明確な差が出ました。歯周病があると重症化しやすいことは間違いないという結果です。また同じように、歯周病がある人とない人で、感染後のリスクを調べたところ、すべてにおいて歯周病がある人のほうがハイリスクであることが明らかになりました。
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死亡する可能性 8.81倍
人工呼吸器を使用する可能性 4.57倍
集中治療室に入院する可能性 3.54倍
合併症発症の可能性 3.67倍
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歯周病がない人に比べて、新型コロナに感染した後、重症化するリスク、合併症が起こるリスクもこれほど高くなることがわかったのです。当然、クラスターの発生につながる可能性も高くなります。
ですから、コロナ禍であっても歯科への受診は控えるのではなく、むしろ奨励するほうが感染を予防し、重症化のリスクを下げられると考えられています。
■感染リスクを抑えるためにも定期的なメンテナンスが必要
実際に、日本全国の歯科での診療から患者さんが新型コロナウイルスに感染したというケースは、2021年6月9日までで1件しか出ていません。私たち歯科医も万全の対策をとって日々診療に当たっています。みなさんも感染対策をした上で、歯科での定期メンテナンスを続けていただき、口のなかを常にきれいにしているという状態を保ってください。
何度もくりかえして言いますが、一度でも歯周病になってしまった場合は、完治することはありません。いったん落ち着いたとしても、油断をすると必ず再発します。ですから、定期的なメンテナンスが必要なのです。
これを途切れさせてしまうと、歯周病が悪化し、新型コロナに感染するリスクも高まってしまうということをぜひ覚えておいていただきたいと思います。もし、小さな虫歯ができた、歯の詰め物が取れたという場合も、コロナ禍だからと放置せず、早めに歯科で治療してもらってください。
口腔ケアと感染予防、重症化のリスクとの関係性は、今後さらに科学的に検証する論文が世界中の研究者から発表されてくると思います。
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天野 敦雄(あまの・あつお)
大阪大学大学院歯学研究科教授
1984年大阪大学歯学部卒業。1992年ニューヨーク州立大学バッファロー校歯学部博士研究員、1997年大阪大学歯学部附属病院障害者歯科治療部講師を経て、2000年大阪大学大学院歯学研究科口腔分子免疫制御学講座先端機器情報学教授。2011年より現職。2015年~2019年大阪大学大学院歯学研究科長・歯学部長。2021年日本口腔衛生学会・理事長。著書に『天野ドクターの歯周病絵本 バイオフィルム公国物語』、『歯科衛生士のための21世紀のペリオドントロジー ダイジェスト』(いずれもクインテッセンス出版)、『長生きしたい人は歯周病を治しなさい』(文春新書)などがある。
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大阪大学大学院歯学研究科教授 天野 敦雄