創作欄 美登利の青春 5

2024年10月14日 03時35分13秒 | 創作欄

拘置所の面会室は、3人も入れば一杯といった感じであった。
美登利が席に着いたと同時に、扉が開いて女性の係官に先導されて、峰子が姿を現わした。
ガラスの窓越しに見た峰子は、一瞬、笑顔を見せたが、直ぐに涙を浮かべた。
化粧をしていない峰子の頬は青白く、目の周囲は赤く泣き腫らしたままであった。
小さな丸い穴があいたプラスチック製の窓越しに二人は相対した。
「来てくれて、ありがとう」
美登利は黙ってうなずいた。
「来週の火曜日に、初公判があるの。来られたら来てね」
「火曜日なのね?」
「午前中なの」
面会時間は約20分。
峰子の背後に座る係官が二人の会話をメモしていた。
「私のこと、驚いたでしょ」
「驚いたわ。私、新聞読んでいないの。それにテレビもあまり見ていないし、峰子のことは手紙をもらって初めて知ったの」
「そうなの。何も私のこと知らなかったの? 誰かに聞かなかったの?」
峰子は思い出したのだろう、肩を震わせて泣いた。
頭を深く垂れたので長い髪が顔を覆った。
抑えた嗚咽がいかにも悲しい。
美登利は峰子が哀れれに思われ、咽び泣いた。
そのまま、暫く時間が経過した。
あれを言おう、これを言おうと電車の中で思っていたが、美登利の頭は真っ白になった。
特に美登利は、自分が信奉している宗教の教えを峰子に伝えようとした。
係官はペンを止めて二人の姿を冷やかに見ていた。
やがて面会終了の時間が告げられた。
「頑張ってね」
扉の向こうに峰子が姿を消す瞬間、美登利は声をかけた。
峰子はラフな水色のジャージ姿であった。
美登利が3番の面会室の外へ出るとほとんど同時に、和服姿の女性たちも5番の面会室を出てきた。
「あんた、松戸駅まで行くんだろう?」と背後から声をかけられた。
「はい、そうです」
美登利は振り向いて和服姿の女性を見つめた。
「駅まで車で送って行っておげる。遠慮はいらないよ」
強引な言い方であった。
美登利はうなずく他なかった。
「三郎、車を玄関によこしな」
「ハイ、ねいさん。直ぐに車とってきます」
三郎と呼ばれた男が駐車場へ走り出していく。
もう1人の男は、紙袋を抱え和服姿の女性の背後に立っていた。

この男も角刈り頭で三郎ほど背丈はないが、がっしりとした体形である。
「孝治 今度の公判は何時と言っていた?」
「親分の公判は、来週の火曜日、午後1時です」
「そうだったね」
和服姿の女性が玄関の外でタバコをくわえると、男が素早く脇からライタを取り出した。
間もなく、拘置所の玄関の外に黒塗りのベンツが横付けされた。
男二人が前の席に乗り、美登利は和服姿の女性の隣に座った。
「面会の相手は、誰なの?」
和服姿の女性は横目に美登利を見た。
「友だちです」
「男だね?」
「女性です」
「女? 罪は?」
前の席の男二人が背後に目を転じた。
「親子心中です。子どは亡くなり、友だちは死ねなかったのです」
「そうかい。じゃあ、殺人罪だね」
和服姿の女性は眉をひそめた。

 


 
創作欄 美登利の青春 6

「私の名前は、米谷明美。あんたと拘置所で会うなんてね」
和服姿の女性は名乗ると頬だけで笑った。
大きな瞳は人を射るようであった。
厚化粧で隠されていたが、左頬にナイフであろうか切り傷があった。
「お茶、ご馳走するから、私の店へ寄っていって」
松戸駅が近くなった時、米谷明美が美登利を誘った。
深く関わりたくない人たちであるから、美登利は断ろうとしたが、言い出せなかった。
松戸駅の傍のデパートの裏側の道路に面したビルの1階にその店はあった。
男二人は店の前で米谷明美たちを降ろすと車で走り去って行った。
後で知ったのであるが、広域暴力団S連合箱田組の男たちであり、組事務所は新松戸駅から歩いて10分ほどの商店街沿にあった。
明美の店の名前は、「パブ新宿」。
夜の営業時間は午後7時から午前2時までであった。
午前11時から午後5時まで軽食喫茶店として営業されており、女子高校生たちの溜り場となっていた。
「私ね。高校生の頃は、東京の新宿歌舞伎町で遊んでいてね。今は流れ流れて松戸。この店ご覧のとおり、女子高生が多いでしょう。私と波長は合うのね。彼女たち私に色々相談ごとするの」
女子高校生たちを見つめる明美の瞳が優しくなった。
「窓際に居るあの声が大きい子、スケ番なの。昔の私のよう」
美登利はその女子高校生を見た。
よく動く大きな目が特長で、明美のように人を射るような輝きをしていた。
20
歳で子ども産んだ明美には19歳の息子がいた。
フェザー級のプロボクサーであった。
「今度の土曜日、午後7時に後楽園ホールで試合があるの。来てね」
明美はチケットをカウンターのテーブルに置いた。
美登利はコーヒーカップを置き、そのチケットを手にした。
ボクシングの試合を見たことがなかった。
「ボクシングですか? 試合見るの、怖くありませんか?」
美登利は病院の医療事務職であるが、血を見るのは苦手である。
明美は肉弾がぶつかり、激しく打ち合う迫力に血がたぎる思いがして、試合にはいつも興奮した。
美登利は断りきれず、後楽園ホール行く約束をして明美の店を出た。

 


創作 鼻息だけは強かった専門紙の同僚の真田

2024年10月13日 13時25分59秒 | 創作欄

「心の中に何か抑圧があるのでしょ。でもそれが、どんな形で作品に表われるのか自分ではわからない」
田中慎弥さんが読売新聞の「顔」の取材で述べていた。
芥川賞受賞作が20万部に達し反響を呼んでいる。
徹は記事を読んで、昔の専門紙時代の同僚の真田次郎を思い出した。
真田は小説を書いていた。
だが、作品をどこにも発表していないと思われた。

「この程度の作品で芥川賞なんか、来年はわしが賞を取ったる」
真田は鼻息だけは強い。
「谷崎の文体、三島の文体、志賀の文体、川端の文体どれでも書ける。今週の病院長インタビューは、三島の文体でいくか」
文学好きの事務の渋谷峰子はペンを止めて、真田に微笑みながら視線を送った。
徹は峰子が真田に恋心を抱いていることを感じた。
現代流に言うと真田はイケメンで、知的な風貌をしていた。
そして、声は良く響くバスバリトンで、声優にもなれるだろうと思われた。
特に電話の声には圧倒された。
徹は学生時代を含め、真田のような美声に出会ったことがない。
声優の若山弦蔵の声にそっくりなのだ。
真田は憎らしいほど女性にもてる男で、夕方になると女性から会社に電話がかかってきた。
「真田、たくさんの女と付き合って、名前を間違えることないいんか?」と編集長の大木信二がやっかみ半分「で言う。
「ありませんね」真田は白い歯を見せながら、朗らかに笑った。
「お前さんは、その笑顔で女をたらしておるんだな。俺に1人女を回さんか」
冗談ではなく、大木の本気の気持ちである。
真田は大木を侮蔑していた。
「大木さんは新宿2丁目あたりで、夜の女を相手に性の処理をしておる。不潔なやっちゃ。金で女を買う奴はゲスやな。徹は性はどうしておるんや」
露骨に聞いてきた。
真田はそれから3年間、どこの文学賞も取らなかった。
そして、反動のように女性関係をますます広げていった。

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<参考>

若山 弦蔵(わかやま げんぞう、1932927- )は、日本の男性声優、俳優、 ナレーター、ディスクジョッキー。

フリー。 ... 1973年より1995年までTBSラジオ『若山弦 蔵の東京ダイヤル954』(当初は『おつかれさま5時です』)のパーソナリティーを務めた。

20122 14(火曜日)

創作欄 美登里の青春 続編

人には、色々な出会いがあるものだ。
美登里は、徹と別れた後、思わぬところで男と出会った。
小田急線の下北沢駅のベンチに座っていると、新聞を読みながら男が脇に座った。
横顔を見て、「ハンサムだ」と思った。
ジャニーズ系の顔だ。
男は視線を感じて、美登里に目を転じた。
「こんにちわ」と男が挨拶をして、ニッコリと微笑んだ。
女の心をクスグルような爽やかな笑顔である。
「女の子にもてるんだろうな」と想いながら、美登里も挨拶をした。
「君は、競馬をやるの?」
男は新聞を裏返しながら言う。
甘い感じがする声のトーンであった。
「競馬ですか? やりません」美登里は顔を振った。
「明日はダービーがあるんだ。一緒に府中競馬場へ行かない?」
赤の他人からいきなり意外な誘いを受けた。
21
歳の美登里は、妻子の居た37歳の徹が初めての男であった。
目の前に居る人物は、徹とはまったくタイプの違う20代と思われる男だ。
「あなたと初対面だし、競馬をやらないので行けません」美登里は断った。
「そうか、残念だな。もし、来る気になったら、内馬場のレストランに居るから来てね。競馬仲間とワイワイやっているから」
美登里は愛想笑いを浮かべて、うなずいた。
男が読んでいたのは、スポーツ新聞の競馬欄だった。
急行電車が来たので、それに乗る。
男は、美登里の存在を忘れたように、新聞に埋没していく。
美登里は登戸駅で降り時に、脇に立つ男に挨拶をした。
「お会いできて、光栄です」控えめな性格の美登里自身にとって、想わぬ言葉が口から出た。
「ではね」
男は爽やかに笑った。
「また、何処かで出会うことがあるだろうか?」美登里は電車を見送った。
男は新聞に目を落としたままであった。
美登里は徹との別れを苦い思いで振りかえった。
最後は痴話喧嘩となった。
徹は美登里の気持ちを逆撫でにした。
徹は妻が妊娠していることを、無神経にも美登里に告げたのだ。
「そんなこと、どういうつもりで、私に言うの」
徹はバツが悪そうに沈黙した。
「この人は、都合が悪いと黙り込むんだ」
美登里は徹が風呂に入っている間に、怒りを込めたままホテルを出た。
渋谷のネオン街全体が、美登里には忌々しく想われた。

 

創作 美登里の青春 2

あれから3年の歳月が流れた。
それは24歳の美登里にとって、長かったようで短かったようにも思われた。
徹と別れたが、気持ちを何時までも引きづっていたことは否めなかった。
美登里の当時の職場は、徹の職場の九段下に近い神保町。

美登里の伯父が経営する美術専門の古本店であった。
現在の職場は、東京・新宿駅の南口に近い国鉄病院(現JR病院)の医療事務である。
その日、小田急線登戸駅沿いのアパートへ帰り、ポストを確認すると茶封筒があった。
裏を返すと友だちの峰子の手紙であった。
お洒落な封筒を好む峰子が、何故、茶封筒なのだろう?
美登里は部屋の灯りの下で、着替えもせず封を切った。
「ご無沙汰で、このような手紙を書くのを許して。私は今、千葉県松戸の拘置所の中にいるの。会いに来てね。その時、何か本を差し入れてね。それから大好きなチョコレートが食べたいの。それもお願い、差し入れてね。私は3歳の娘と心中したのだけれど、娘だけが死んで私は生きてしまったの。死ねばよかったのに、何という皮肉なの。待っています。必ず会いに来てね」
美登里は息を止めた状態のままその手紙を読んだ。

想像はどんどん拡がっていく。
情報が乏しい中で頭を巡らせながら、何度も立ったまま手紙を読み返した。
美登里は新聞を購読していない。
テレビもあまり見ない。
峰子のことは、当然、マスコミで報道されただろう。
美登里は段々頭が混乱してきた。
思えば徹との問題で峰子に相談したことがあった。
「焦ることが、一番、いけない。時間が解決すると言われているわね。今は美登里にとって冬なの。冬は必ず春となる。そうでしょ、自然の摂理でしょ」
あの時、峰子は言った。
そして、妻子のある徹との別れは、意外な展開でやってきた。

 

 

 


創作 全然、大丈夫な人なの

2024年10月13日 12時00分51秒 | 創作欄

人を好きになる感情は、何であるのか?
徹は、新松戸駅前の居酒屋で考えてみた。
57歳の男の朝のときめくこころが、尋常でない。
その女性は、天王台駅から乗った。
取手駅の一つ先だ。
10人の女性がいたとしたら、その人は6番目か7番目かの容姿であろうか。
徹は面食いであるが、これまで愛した女性のほんとんどがそれほど美しくはない。
面食いであるのに、女性の声に惹かれる質でもあった。
「声美人」
そのような表現を徹は、高校生の頃、詩で表現した。
アナウンサーの北玲子さんに惚れ込んいた。
ハスキーな声であるが甘い。
人の心を包み込むような響きだ。
東京上野の美術館で、マドンナの絵画を見た時、この人が声を発したら北玲子さんのような語りかけをするだろうかと想って絵の前に佇んだ。
人の出会いは不思議なもので、50代の徹が再就職した職場に、天王台駅から乗る女性が働いていた。
「どこかで、会っていますよね」
挨拶をした時、女性から問われた。
「そうです。私は取手に住んでいますから、電車内で貴方を見かけたことがあります」
「ああ、電車で見かけました。何時も大きなリックを背負っていますよね」
徹は苦笑した。
ノートパソコン、新聞、書物、ノート、カメラ、ラジオ、録音機などでリックは膨らんでいた。
徹が新しく勤めた職場は、20名余の規模であり、社長が50歳で40歳代が2人、30歳代3人、あとは20歳代の若い人たちだった。
駅から徒歩78分、徹は職場に溶け込もうと社へ向かう社員たちに声をかけた。
「どこから通っているのですか?」
「出身は何処ですか?」
ところが、ある社員には3度も聞いてしまった。
「岩手と言いましたよ!」
相手は当然、むっとして言い返した。
迂闊であり詫びたが、相手は常にイヤホーンで音楽などを聞いているので、その後は声をかけずにいた。
ところで、徹が惚れ込んだ女性は「声美人」であった。
何時か食事か、酒の席に誘いたいと思っていた。
その日、電車内で声をかけた。
その人は何時も本を読んでいるので、徹は車内では声をかけずにいたが、降りた新松戸の駅で肩を並べたので聞いた。
「正月は、何処かへ行ったのですか?」
「秋田の実家へ帰りました。大沼さんは、どうされたのですか?」
問いかけに徹は、「この声だ」と胸が高鳴った。
乗り換えた車内では取り留めのない話をした。
そして突然、思い出したので言った。
「山崎さんに3度も、出身は何処ですか?と聞いてしまったのです」
その人は声を立て笑った。
3度も? でも山崎さん、全然、大丈夫な人なの。気にすることはないですよ」
徹は、「大丈夫な人」と言う表現に何か救われた気持ちになった。
ある意味で、この人の人柄の良さを感じた。
徹は惚れ直したのだ。
だが突然、別れは訪れた。
その人が退社したのである。
ある意味で徹の心は、平静を取り戻した。
淡白な50代の心のときめきは、引き潮のようなものであった。


創作 鼻血が止まらず救急車で搬送された徹

2024年10月12日 23時53分46秒 | 創作欄

「大往生したけりゃ医療とかかわるな」
死ぬのは「がん」に限る。
ただし、治療はせずに。
著者の中村仁二さんは医師だ。
医師が医療を否定する。
それは、どのようなことなのか?
徹は新聞広告を見て、本屋へ向かった。
1昨年のことであるが、真夏にボランティアである施設へ行き、庭の草むしりをした。
炎天下、1時間ほど雑草と格闘した。
流れる汗とともに、鼻水も垂れてきたと思って、ハンカチで鼻を拭ったら、紺色のハンカチが黒く変色した。
それは鼻水ではなく、血であった。
その日の前日も、夜中に目覚めたら枕に髪が絡み着いた感じがした。
部屋の蛍光灯をつけて確認したら、枕に血溜まりができていて髪の毛に固まった血がベッタリと付着していた。
1
週間ほど鼻血が出ていて、深酒をした日にはドクドクと鼻血は喉に流れ込む。
吐き出しても口に鼻血はたちまち溢れてきた。
「これでは出血多量で死ぬな」と徹は慌てた。
徹は妻子と離婚して5年余、一人身である。
救急車を呼ぼうかと思ったが、午前3時である。
マンションの住民たちに迷惑になると思い、我慢した。
死の恐怖を感じながら、何とか鼻血を止めようとした。
初めはティッシュペーパで対応したが、見る見る血で染まってきて、それではらちがあかない。
そこで脱脂綿を鼻奥に詰め込んだ。
しばらくして、鼻血は止まった。
徹の母親は56歳の時、早朝に鼻血が止まらなく、救急車を呼んだ。
国立相模原病院に搬送されたが、血圧が200以上あった。
徹は自分の現在の状況と重ねて、20代の頃を思い浮かべた。
結局、母親は生涯、血圧降下剤を飲み続ける。
母子は遺伝子的に同じ宿命を辿ると徹は思い込んでいた。
宿命は変えられない。
だが、意志で運命は変えられる。
徹はそのように考えた。
炎天下の草むしりのあと、昼食を食べに松戸駅前のラーメン店へ行く。
「ビールでも飲むか」とボランティア仲間の渥美さんが言う。
徹は日本酒にした。
3
本目を飲みだしたら、また、鼻血が出てきた。
口と鼻を押さえながら、慌てふためいてトイレに駆け込む。
鼻血でたちまち便器は染まっていく。
「これは、尋常ではない」と覚悟を決めた。
結局、乗りたくはない救急車を呼んでもらった。
5
分もかかわず、救急車のサイレンが聞こえてきた。
近くに病院もあり、7分くらいで病院に搬送されたが、血圧を測定したら210もあった。
救急車で血圧を測定した時は180であった。
注射をして様子をみることになる。
10
分後に血圧を測定したら、まだ、200を超えていた。
「まだ、ダメね」と看護師は首をひねる。
そこで、胸に貼り薬を試した。
「動き回らず、寝ているのよ」と看護師にたしなめられた。
徹は携帯電話を持たないので、心配しているボランティア仲間の渥美さんに待合室の公衆電話で、様子を伝えたのだ。
「あんたは、鉄の肝臓を持っている男だ。鼻血くらいでは死なないよ」とボランティア仲間の渥美さんは笑った。
徹の血圧は、胸に貼り薬のおかげで、140にまでいっきょに低下していた。
「月曜日、来て下さい。鼻の粘膜の切れやすい箇所をレーザーで焼きますから、耳鼻咽喉科へ必ず来て下さい」と看護師が言う。
徹はあれから16か月余経過したが、その病院へ2度と行っていない。
血圧降下剤も飲んでいない。
鼻の粘膜は、レーザーで焼かなくともその後、破れていない。


創作 美登里の青春

2024年10月12日 23時38分14秒 | 創作欄

「私が休みの日に、何をしているのか、あなたには分からないだろうな?」
北の丸公園の安田門への道、外堀に目を転じ美登里は呟くように言った。
怪訝な想いで徹は美登里の横顔を見詰めた。
徹を見詰め返す美登里の目に涙が浮かんでいた。
「私が何時までも、陰でいていいの?」
責めるような口調であった。
区役所の職員である36歳の徹は、妻子のいる身であった。
「別れよう。このままずるずる、とはいかない」
美登里は決意しようとしていたが、気持ちが揺らいでいた。

桜が開花する時節であったが、2人の間に重い空気が流れていた。

乳母車の母子の姿を徹は見詰めた。

母親のロングスカートを握って歩いている少年は徹の長男と同じような年ごろである。

「私は、何時までも陰でいたくないの」

徹の視線の先を辿りながら美登里は強い口調となった。

徹は無表情であった。都合が悪いことに、男は沈黙するのだ。

北の丸公園を歩きながら、美登里は昨日のことを思い浮かべていた。
九段下の喫茶店2階から、向かい側に九段会館が見えていた。
美登里は徹と初めて出会った九段会館を苦い思いで見詰めていた。
美登里は思い詰めていたので、友人の紀子に相談したら、紀子の方がより深刻な事態に陥っていた。
「私はあの人の子どもを産もうと思うの。美登里どう思う?」
美登里はまさか紀子から相談を持ち掛けれるとは思いもしなかった。

「え! 紀子、妊娠しているの?」
紀子は黙って頷きながら、コーヒーカップの中をスプーンでかきまぜる仕草をしたが、コーヒーではなく粘着性のある液体を混ぜているいうな印象であった。
「美登里には、悩みがなくて良いわね」
紀子は煙草をバックから取り出しながら、微笑んだ。
「私しより、深刻なんだ」美登里は微笑み返して、心の中で呟いた。 
結局、美登里は紀子の前で徹のことを切り出すことができなかった。

 

創作 美登里の青春 2)

「あの夏の日がなかったら・・・」
美登里はラジオから流れているその歌に涙を浮かべた。
歌を聞いて泣けたことは初めてであり、気持ちが高ぶるなかで手紙を書き始めていた。
「なぜ、あなたを愛してしまっただろう。冷静に考えてみようとしているの。あなたは遊びのつもりでも、私の愛は真剣なの。でも、陰でいることに耐えられない。18歳から21歳までの私の青春が、あなたが全てだったなんて、もうい嫌なの」
そこまで書いたら、涙で文字が滲んできた。
美登里は便せんを二つに割いた。
泣いて手紙を書いていることを、徹に覚らせたくはなかった。
美登里は日曜日、信仰している宗教の会合に出た。
そして会合が終わり、みんなが帰ったあと1人残った。
先輩の大崎静香の指導を受けるためだ。
「美登里さん、私に何か相談があるのね。元気がないわね。会合の間にあなたを見ていたの」
指導者的立場の大崎は、説法をしながら壇上から時々美登里に視線を向けていたこを美登里も感じていた。
美登里と6歳年上の大崎は、性格が明るく生命力が漲り、常に笑顔を絶やさない人だ。
そして何よりも人を包み込むような温かさがあった。
人間的な器が大きいのだと美登里は尊敬していた。
「この人のように、私もなれたら」美登里は目標を定めていたが、現実を考えると落差が大きかった。
大崎は美登里の話を、大きく肯きながら聞いていた。
「それで、別れることはできないのね」
大崎が美登里の心を確かめるように見詰めた。
「そうなの」
美登里は涙を流した。
「それなら美登里さん、日本一の愛人になるのね」
美登里はハンカチを握りしめながら、大崎の顔を怪訝そうに見詰めた。
「日本一の愛人?!」心外な指導であった。
大崎は当然、美登里に対して、「相手は、妻子のある男なのだから、別れなさい」と指導すると思っていた。
改めて、美登里は尊敬する大崎の包容力の大きさを感じた。
そして、美登里は決意した。
「私は、日本一の愛人にはなれない。徹さんと別れよう」


創作 詩は音読するもの

2024年10月12日 23時31分46秒 | 創作欄

「創作品は、しばしば作家より雄弁に作家自身のことを語っている」

大学のサークルである近代文学研究会での大田三郎の指摘に、みんなが肯いた。

だが、徹は実証主義文学論には違和感を持った。

先日、開かれた国文学研究会で、岩城助教授が金田一京助に向かって「石川啄木と芸者の小奴は肉体関係があったと思いますか?」と尋ねたのだ。

「あったとも、なかったとも言えません」

金田一京助は常識的に答えたが、岩城助教授は食い下がるように言い放った。

「先生は、本当のことをご存じなのではありませんか?」

「金田一さんに対して、非礼だな」と大田三郎は呟いた。

「先ほど、お答えした以上のことは言えません」金田一は困惑していた。

「ここは実証主義文学研究会の場ですから、肝心なことを明らかにしたいのです」

岩城助教授は太った腹を突き出しように言った。

会場の人たちは固唾を飲んで、金田一の言葉を待った。

徹は大田三郎の肩に指を突いて、「出よう! 馬鹿馬鹿しい」と席を立った。

「聞きたいが、出るか」 三郎も続いて席を立った。

三郎はロシアの作家・ドストエーフスキイに傾倒していた。

特に「罪と罰」は小学生のころから読んでいたというから早熟なのだ。

一方、徹は高校生になって高校の国語教師の影響で詩を読み始めていたが、小説は数えるほどしか読んでいなかった。

高田守先生は授業でしばしば、詩を読んで聞かせた。

徹はその詩の内容より、高田先生の声に感動した。

徹は自分も詩を書き、高田先生に音読してもらいたいと思うようになったのだ。

同じ詩でも高田先生以外の人が読んでは感動しないのだ。

ラジオ世代の中で育った徹は、多くの声優たちの語りの素晴らしさに想像を膨らませてきた。

三好達治、中原中也、宮沢賢治、石川啄木などの詩を知る。

そして益々、詩は文字で読むより、「聞きたい」と徹は思った。

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<参考>

野口雨情(のぐち うじょう、1882年(明治15年)529日~1945年(昭和20年)127日)は、日本の詩人、童謡・民謡作詞家。

本名は野口英吉。

茨城県多賀郡磯原町(現・北茨城市)出身。

 

http://www.aozora.gr.jp/cards/000286/files/4076_13919.html 


創作 「15歳の神話」

2024年10月12日 23時26分32秒 | 創作欄

ロミオとジュリエットではないが、相思相愛の男女関係はある意味で、運命的な出会いであるかもしれない。

それは相性の問題でもある。

高校生の徹と大学生の浩が空き地でキャッチボールを始めると中学生の少女が赤ちゃんを抱いて路地裏から現れた。

少女はポニテールの髪型をしていた。

いわゆる美少女の類型の整って顔立ちである。

徹は小学生の頃、東京・大田区の田園調布で育ったが、大邸宅に住む少女、少年たちには気品が備わっていた。

そして少女や少年たちの美しい母親たちは、揃って着物姿で授業参観に来てきた。

徹は美しい母親たちの容姿に子どもながら強く心を惹かれて、同級生たちを羨んだ。

徹は中学生の少女を初めて見た時、小学生の頃の記憶が鮮明なまでに蘇った。

少女は徹と浩のキャッチボールが始まると待っていたように、赤ちゃんを抱いて現れた。

「あの子は徹に気があるんじゃないか」

浩は銭湯の湯船に浸かりながら言った。

手拭を頭に乗せている浩は、俳優の石原裕次郎に容貌が似ていた。

「浩さんは女の子にもてるでしょうね?」徹は聞いた。

「まあな、でもな、あの子は徹に気があるな」

浩は頭に乗せた手拭を湯船に沈めて、顔を拭った。

「そうだろうか?!」徹は半信半疑であった。

「あの子に聞いてみるか?」と浩は八重歯を見せてニヤリと笑った。

「よして下さいよ」徹は慌てた。

少女の一家は半年前に徹の自宅の裏に引っ越してきた。

少女の父親は顎鬚をはやし、精悍そうな大きな目をしていた。

昭和30年代の東京・世田谷の用賀町には畑があり、雑木林もある新興住宅であった。

「おばさん、裏の一家はどんな人たちなの」下宿人である浩が徹の母親に聞いた。

「ここだけの話だけど、訳ありだね」

「訳あり?」浩の大きな目が見開かれた。

徹の母親は声を落として事情を説明した。

「旦那と奥さんは、年が離れているだろう。再婚らしいんだ。中学生の娘さんと小学生の娘さんが先妻の子、赤ちゃんは奥さんの子なの」

「なるほど」浩はうなずきながらタバコを口にくわえた。

少女の40代の父親と20代と思われる継母は手をつないで、二子多摩川の河原を散歩していた。

徹と浩は多摩川で魚釣りをしていて、二人の姿を見かけたのだ。

それから半年が過ぎて、画家である少女の父親が、娘をモデルに描いた絵が評判となった。少女の裸体の油絵であり、「15歳の神話」と題されていた。


創作 徹は全く新聞を読んでいない

2024年10月12日 23時13分30秒 | 創作欄

東京の銀座で働きたいと面接に行ったが、どの企業からも相手にされなかった。

「君には社会的な常識がほとんどないね」

面接の相手は呆れ顔でまじまじと徹の顔を見詰めた。

「新聞を読んでいるんですか? これは常識ですよ」

面接で言われて、屈辱を味わったが、相手の指摘も確かだった。

徹は全く新聞を読んでいない。

読むのは小説と詩だけである。

「新聞を読むなど時間の無駄意外ない」

それが本音であり、思い込みだった。

徹の自宅ではずっと毎日新聞を購読していた。

阪神ファンの父親は、読売新聞を嫌っていたのだ。

結局、徹は銀座を諦め、新宿の企業を就職活動のために歩いた。

だが、新宿でも職が得られなかった。

最後に面接した企業は出版社であった。

「本の企画を2つ考えなさい」と面接の人から言われた。

1つは「女をダマス本」

2つ目は「思春期の少女のヌード集」

徹の企画した提案とその意図に、相手は侮蔑する目を徹に向けた。

2月になって、まだ、職が決まらないで、どうするの!」

母親が徹を責める。

「お前には、欠陥があるんだね。どこの会社からも相手にされないんだから」

母親は夫の不甲斐なさと重ねて徹に嫌味をぶつけた。

徹の父親は勤めていた大手企業の子社が業績不振に陥り45歳でリストラされた。

「あんたは、会社にとって必要でない人間だったね。情けないよ。そんな人だったんだね」

心が優しい父親は、うな垂れてただ沈黙して聞いていた。

「私に言われ、悔しくないの! 悔しかったらね! いい職を見つけてきな!」

ヒステリックに声を荒げた。

13歳の徹は、母親に憎しみを抱き始めていた。

毎日、母親が父親に嫌みをぶつけ責め立てるのは、まさに悪夢のような日々であった。

あれから10年が経過し、徹が就職活動に足踏みをしていた。


創作 緘黙症の天使が行進の先頭に居た

2024年10月12日 23時09分46秒 | 創作欄

我々は、知っていることより、知らないことの方が多い。

緘黙症(かんもくしょう)については、作家の一色真理(まこと)さんが記していたので知った。

思えば、彼女は「話さない」のではなく、何らかの心理的理由から「話せない」病気の緘黙症であったのかもしれない。

美登里さんは、話せなくとも字が書けたので成績は優秀であった。

だが、ある時突然、しゃべったので、みんなが唖然とした。

「トルストイは、大衆、大衆と繰り返し記しているけど、自分も大衆でしょ」

「美登里さんが、口を開いた」と敏子さんが目を見開いたが、徹は美登里さんがトルストイを批判したことにむしろ驚いた。

徹は、「この人は思い描いていた人ではないのでは?」と美登里さんの伏目がちの横顔を注視した。

心優しく、何時も静かに微笑んでいる美登里さんの別の面を知らされた思いがした。

彼女は周囲への違和感から、自ら言葉を発することを止めていたのかもしれない。

彼女は母親を小学生6年生の時に亡くしていた。

そして、中学2年生の時には父親を亡くしていた。

徹は高校の入学式の日、一際(ひときわ)美顔の美登里さんに心惹かれた。

「世の中には、こんなに綺麗な人がいるのか!」

美登里さんの祖父は画家で、祖母はフランス人であった。

美登里さんは美しい祖母似であったのだろう。

昭和30年代、まだ珍しかったバトンガールの先頭に立って銀座を行進する美登里さんは、天使の化身のようにも映じた。

ルノアールの「カーンダンベルス嬢の肖像」を見ると徹は、フランスに行ってしまった美登里さんはのことを想った。

翌年、東京オリンピックが開かれ、東京・代々木の体操競技の会場で美登里さんを見かけたと友達が言っていたが、その日徹は風邪で寝込んでいた。


創作 29歳の徹は酒場へ足を向ける

2024年10月12日 22時44分47秒 | 創作欄

韓国料理の店で酒を飲む。

徹は、いつものとおり招待された。

若い人たちの中で、話を聞きながら雰囲気を楽しむ。

そして昔の職場を思い出した。

あの頃は何かと酒の席が多かった。

月に23回は社員全員で酒を飲んでいた。

段々と記憶が遠くなるが、鮮明に覚えていることもある。

それは、ほんの同僚の一言であったりする。

思えば些細なことであるが、棘のように胸に刺さっていたことも。

東京・神田の駅界隈で、酒を飲んでいたのは10年間くらいで、その後は、水道橋が多くなる。

何故、神田から離れたのか、と記憶を辿ってみた。

「昨夜、友だちとあの店に行ったら、1万円だったの」

同僚の峰子さんが怪訝な顔で言う。

1万円ですか? 私のボトルを飲んだのでしょ?」

「そうなの」

徹は直観した。

2度と来ないでね」と言う意思表示をママの綾さんがしたのだと。

徹は峰子さんをその晩、寿司屋に誘った。

実は、徹は峰子さんに惚れていた。

彼女は夫を電車事故で亡くなり、二人の娘を育ていた。

「好きになっていいですか?」

「でも、プラトニック・ラヴよ」敬虔なクリスチャンの彼女は握られた手を押し戻すのだ。

彼より5歳年上であった。

しかも、勤務する社の社長の従姉でもあった。

「あのママさん、徹さんに惚れているのね」

「そうかな?」

「女の直観よ」

徹は6月になれば30歳になろうとしていた。

29歳にもなって、結婚をしていないのは、お前だけだよ!」

母親から言われていた。

確かに、近所に住んでいる中学の同級生で未婚なのは、徹だけであった。

徹は8度も見合いをしていたが、結婚には至らない。

「会社には相手は居ないのかい」と母親が言うが、同僚の彼女たちには既に交際相手がいた。

先輩で社内結婚をした人たちが3組。

徹が良いなと思った新入社員の女性も、既に結婚相手が決まっていたり、同僚の誰かが逸早く手を出したりしていた。

徹は面白くない気分を抱いて酒場へ足を向ける。


創作 「赤い靴をはいた少女」

2024年10月12日 22時38分29秒 | 創作欄

「酒でも、飲もうか?」

徹は振り返って淑江に声をかけた。

コンサートの余韻が残っていて、会場を出てくる人たちの顔はいずれも上気しているよに見えた。

「横浜に来たのだから、中華料理ね」

淑江は県民ホールの階段を下りながら徹に同意を求めた。

「そうだね」と言ったものの、徹は野毛山の居酒屋を頭に浮かべていた。

中華料理は好きな方であるが、2人でのフルコースは量的に重い感じがしていた。

できれば、45人で店に来て、色々な料理を注文してテーブルを回しながら味わうのが中華料理の醍醐味と思っていた。

創業40周年記念 1人前コース1860円。

ある店の看板を目にして徹は足をとめた。

「安いな。この店はどうかな?」

背後を振り返った。

淑江は微笑みを浮かべて頷いた。

水色の小旗を掲げた中年の女性に引率されて、20人ほどの観光客と思われる人たちが道の向かい側の大きな中華料理店に入るところであった。

「何処の国の人たちかしら?」

淑江は笑顔で肩車に乗った金髪の幼女を見つめた。

幼女は赤靴をブラブラさせながら、首を曲げて淑江へ笑顔を投げかけた。

「可愛い!」

子ども好きな淑江は歓喜したように言った。

「可愛い子だね」と応じて、徹は「赤い靴をはいた女の子」のメロディーを思い浮かべた。

そのメロディーは淡い哀愁を伴って、徹の胸に秘められていた。

1人っ子として育った徹は初めて幼稚園で、イジメを経験した。

徹の母親は高校の教師で昼間家に居ない。

祖母、祖父とも孫に甘いので、徹がねだれば何でも買ってもらえた。

温室育ちのような徹は、幼稚園で我がまま通じないことを知った。

そして意地悪も経験した。

同じ年であったが、徹より大きな体を少女はしていて、徹がイジメにあうと「いじわるはダメ」とかばってくれた。

奈菜子は何時も赤い靴を履いていた。

2人の兄と弟の間に育った奈菜子は確りした性格だった。

「徹ちゃんは女の子みたい」

徹は奈菜子から言われても悪い気持にならなかった。

女の子みたいだから、女の子には仲良くしてもらえると徹は思ったのだ。

思えばあれは、徹にとって初恋のようなものであっただろうか?


創作 「信仰心が少しもないんだね」

2024年10月12日 22時12分09秒 | 創作欄

新年会のあと友だちの高浜君たちと、長禅寺へ詣でた。

信仰心が互いにあるわけではない。

「今年こそは、何か良いことがあるように、祈ろう」

大竹さんが取手・長禅寺の茨城県指定文化財の三世堂へ向かった。

「祈っても無駄だ」

冷ややかに言うと高浜君は、左へ向かう。

徹も祈ることもないので、高浜君の後に続いた。

高浜君は本殿をチラリと見ただけで、池の前で足をとめると鯉を目で追っていた。

「福島県南相馬の実家へは15年ほど帰っていないけど、亡くなったじじいが、鯉をかっていたんだ」と言う。

思えば、徹も群馬県吾妻の実家へ10年以上帰省していない。

「正月くらい、帰ってこい」と父親から電話があったのが1230日だった。

30日の夜半から31日朝まで大竹さんたちに誘われ徹は、駅前の雀荘で徹夜麻雀をした。

長男が10月に生まれ、妻は埼玉県深谷の実家へ帰省していた。

徹は妻から「深谷で正月を迎えない?」と誘われたが、「行くのが面倒だな」と断り自宅で正月をのんびり過ごすことにした。

「二人とも、信仰心が少しもないんだね。徹君は赤ちゃんができたんだからね、無事に育つことを祈るべきだよ」

大竹さんの柔和な目が厳しくなっていた。

徹は気まずい思いで池の鯉に目を転じた。


戦争含めて バランスが大切では?!

2024年10月12日 11時57分05秒 | 創作欄
戦争による死者の数ランキングは、次のとおりです。
 
 
  • 第二次世界大戦:推定5,500万人
     
     
  • 第一次世界大戦:約1,000万人
     
     
  • アジア太平洋戦争:約300万人(日本)
     
     
また、戦争による国別の犠牲者数には、次のようなものがあります。
 
 
  • 第二次世界大戦における枢軸国側の死者数:
     
     
    • 日本:230万人
       
       
    • ドイツ:422万人
       
       
    • オーストリア:25万人
       
       
    • イタリア:30万人
       
       
  • 第一次世界大戦における連合国側の死者数:
     
     
    • ロシア:170万人
       
       
    • フランス:135万8000人
       
       
    • イギリス:90万8000人

 

2024年に入っても、ウクライナ戦争は依然として終わりが見えず、パレスチナのガザ紛争は激化しており、民間人死傷者数などさまざまなデータが伝えられている。

また、コロナ禍においても「どの情報が正しいのか」と疑問を感じた人も多いだろう。この機会に、『戦争とデータ ―死者はいかに数値となったか』を通して、発表されるデータの重要性や向き合い方について考えてみてはいかがだろうか。

五十嵐 元道 ─ 
 
戦争犯罪とは NHK

国家の指導者が違法な戦争の意思決定にかかわった場合、そして、現場で戦っている兵士が国際法のルールに反するような形で損害を発生させた場合に「個人の刑事責任」が問われるものです。いわゆるジェノサイドと呼ばれる「集団殺害犯罪」、「人道に対する犯罪」、狭義の「戦争犯罪」、そして「侵略犯罪」。4種類に分類できます。

「集団殺害犯罪」(ジェノサイド)というのは、ある集団の全部または一部を破壊する目的で人の殺害などをすることで、典型例はナチスによるユダヤ人虐殺です。

ユダヤ人をターゲットにしている部分があったので「集団殺害犯罪」の典型ということになります。

「人道に対する犯罪」

 
国際戦略研究所 田中均「考」
 

【ダイヤモンド・オンライン】2024年に深刻化する世界の「5つの分断」リスク、平和と安定のための処方箋

2024年01月17日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|世界はより深刻な分断の瀬戸際
|「権威主義国VS民主主義国」の衝突回避を

 ロシアのウクライナ侵攻を契機にしたウクライナ戦争は泥沼化したまま2024年は3年目に入り、パレスチナのガザ地区ではイスラエルの激しい攻撃のもとで住民が悲惨な状況で新年を迎えることになった。だが世界は2つの戦争を巡っても各国の対応は一致せず、むしろ対立色を強めている。
 いまの世界や国際情勢を語る際のキーワードは「分断」だ。2000年代以降、各国が相互依存関係で結ばれ新興国や途上国も成長の果実を得たグローバリゼーションの時代は終わりを迎えるということなのだろうか。いまはグローバリゼーションとともに飛躍的に台頭した中国と米国との対立が時代の基調となり、24年の世界は「5つの分断」に振り回されることになりそうだ。ロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・パレスチナ戦争のほか、衝突の危機が続く朝鮮半島、中国と台湾の緊張関係、そして米国内の激しい党派対立だ。この5つの分断はいずれも簡単な解がない。そして成り行き次第では、中国とロシアが先導する権威主義国家群とG7を中心とする先進民主主義国群のより大きく深い分断となっていく恐れもある。これは冷戦にとどまらず熱戦のリスクを秘めている。
 世界は分断やその深刻化を克服できるのだろうか。

|グローバル化の下での相互依存は一転
|分断の背景に歴史的怨念

 グローバリゼーションは政治の壁を突き破り、ヒト・モノ・カネが縦横に動き回ることによって、多くの国に経済的繁栄をもたらした。貿易量は拡大し、途上国とされていた国の中では人口の大きい中国やインドなどが新興国として台頭した。各国は相互依存関係で結ばれ、平和と安定の世界に向かうのではないかと思われた。状況が一変した背景には、根深い歴史的経緯がある。
 ウクライナ侵攻を決めたロシアのプーチン大統領は「ソビエト連邦の崩壊は20世紀最大の悲劇」と述べた。ロシアは歴史的に根深い大国志向の国であり、ロシアが第二次世界大戦戦勝記念日として軍事パレードを行うのはロシア自身がナチスドイツを打ち破った5月9日だ。米国との冷戦に負けソ連を構成していた国々が次々と西側に入っていく中で、伝統的なロシアの価値観を持つプーチン大統領には、ロシア人の人口も多いウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に傾斜していくのは許せないとの思いは強いだろう。
 ロシアの軍事侵攻は、第二次大戦後の国際秩序の基本となった国家主権の尊重、そしてそれを基に進んできたグローバリゼーションとは真逆のものだが、3月に予定されるロシア大統領選挙ではプーチン氏が圧勝することになるのだろう。そして36年までの長期政権を視野に入れているプーチン大統領は現在のウクライナ全土の20%に当たる占領地を手放そうとはしないのだろう。
 イスラエルの右派ネタニヤフ政権も国際社会の圧力に屈してハマスに弱みを見せることはないだろう。1948年にパレスチナの地にイスラエルが建国されて以降、イスラエル、パレスチナのお互いが歴史的怨念を持つ。イスラエルにとっては、ハマスのテロに対する徹底的なガザ攻撃は、4次にわたる中東戦争以来、続いてきたパレスチナとの闘争の続きに過ぎない。
同様にパレスチナ人にとっても、戦争は自らのアイデンティティーを懸けた戦いだ。今年も、中東ではイスラエルとハマスやヒズボラ、フーシといったイスラム過激派武装組織との戦闘が拡大していく可能性が高い。
 朝鮮半島も、南北双方で300万人の死者を出すという同じ民族間の戦争では他に例を見ない朝鮮戦争が休戦状態にあるだけで、何時火を噴いても不思議ではない。韓国、北朝鮮双方で政権が代わろうとも根っこにある怨念が解消されるわけではない。
 中国と台湾の関係も不安定な状況が続くだろう。習近平中国共産党総書記は中華人民共和国創建100年の2049年までに実現すべき「中国の夢」を掲げる。中国が米国と並ぶ豊かな国になるという目標には台湾統一は不可欠だと考えられているのだろう。1月の台湾の総統選挙の結果、民進党の頼清徳副総統が勝利し、中国と距離を置く民進党政権が3期連続で続くことになったが、中国の対台湾圧力は強くなっていくだろう。台湾海峡で直ちに火を噴くわけではなかろうが、この地域の軍事バランスは中国有利に変わりつつあり、時と共に軍事行動の懸念が高まる。

|分断深めた米国の抑止力・指導力の低下
|トランプ氏意識してバイデン政権内向きに

 グローバリゼーションは、米国の課題設定能力と指導力により実現してきたものだった。また、根の深い分断が衝突に至るのを止めてきたのは米国の抑止力だった。しかし、この20年の間に米国の抑止力や指導力は著しく低下した。01年9月11日に起こった同時多発テロは実に大きなインパクトを持っていた。米国が始めた2つの戦争――テロとの戦いとイラク戦争――は、膨大な人的・財政的コストを費やしたが、十分な成果を上げることはできなかった。20年後、米軍の撤退とともにアフガニスタンにはタリバンが戻り、イラクの民主主義的安定がもたらされたわけではなかった。米国国内には厭戦(えんせん)気分が充満し、戦争を始めたブッシュ大統領以降のオバマ、トランプ、バイデン各大統領に課せられたのは米軍の撤退だった。
 バイデン大統領はプーチン大統領がウクライナ侵略を企図しているのを知りながら、米軍を派遣するつもりはないと言い切り、ロシアの侵攻を許してしまった。抑止力は、相手に「米国は戦争をする用意がある」と信じさせる力である以上、バイデン大統領が国内的考慮から派兵を否定したのが果たして適切であったかどうか。米国の強い抑止力を背景にさらに政治的解決を追求するべきだったとの議論も成り立つ。ガザについてもイスラエルの強硬なガザ攻撃を止めることができないのは、やはり米国内のユダヤロビーの強い影響力があるからだろう。
 バイデン民主党政権がかくも内向きになっているのは、11月の大統領選挙に向けて支持を高めつつあるトランプ前大統領の存在があるからだ。トランプ氏は一貫して「偉大な米国を取り戻す(Make America Great Again)」の旗印の下、「米国第一政策」を掲げてきた。その旗印の下では国際的協調や国際的規範の重要性はかすむ。
 米国が第二次世界大戦後に一貫して進めてきた「自由貿易」もトランプ政権以降、国家安全保障の観点からの修正が目立ち出している。トランプ大統領は国家安全保障の観点からアルミや鉄鋼に輸入関税を課し、バイデン大統領になってからも「経済安全保障」を前面に、ハイテク、特に半導体の規制を進めてきた。WTO(世界貿易機関)上も国家安全保障の観点からの規制が否定されているわけではないが、これが行き過ぎると自由貿易主義は大きく後退していく。

|大統領選挙の結果にかかわらず
|米国内の分断は深まる

 その意味では、11月に予定されている米国大統領選挙は、結果次第では世界の分断をさらに進めることになりかねない危うさを抱える。民主党はバイデン大統領、共和党はトランプ前大統領が候補者として選出される見通しで、現段階では大統領選挙本選は接戦となりそうだ。この数カ月の動向としてトランプ前大統領が有利とする世論調査が多い。
の大統領選挙は景気と失業率により左右されると考えられてきたが、米国内の政治的分断は既に深刻となっており、経済、外交を含め選挙直前の状況で浮動票がどちらに振れるかによって決まるのだろう。
特にウクライナとガザの戦争にどう向き合っていくのかが決定的な意味を持つのかもしれない。現在のまま推移すればウクライナへの軍事支援は延々続き、ガザでのイスラエルの呵責(かしゃく)なき攻撃は続くということになり、米国はこれを止めるべきではないか、という若年層の声が大きくなり、バイデン氏とトランプ氏のどちらが戦争を止められるのかが、有権者の判断基準となるのかもしれない。
 ただ4件の刑事訴訟を抱えるトランプ氏への支持が根強いのは、グローバリゼーションも含めて国内で推進されてきたリベラルな秩序づくりに対する保守層の根強い反発があるからだ。その意味ではどちらが勝利しようとも米国内の政治的分断は深まっていくと予想される。もしトランプ氏が勝利する場合には、2期目のトランプ政権は1期目以上にトランプ色を強くするだろうし、対外的にもアメリカ第一主義が色濃く打ち出されることが懸念される。

|分断深刻化の鍵を握る中国
|抑止力強化と関与のハイブリッド戦略を

 最も懸念されるのは、こうした「5つの分断」が、米国を核とする先進民主主義国と中国とロシアを中心とする権威主義的グループのグローバルな分断に至ってしまうことだ。これは世界が政治的にも経済的にも2つに分断されることを意味する。日本をはじめ多角的な経済貿易体制に依存している国々にとっては何としても避けたいところだ。
 どうすればいいのか。
第一に、米国の抑止力を補完するNATOや日本の防衛力強化は正しい政策だ。米国が同盟国と共に抑止力を強化していくことにより分断が衝突につながる危険を排除していかなければならない。特に朝鮮半島や中国、ロシアを念頭に置いた日米韓の連携と日米の統合的抑止力の強化を推進する必要がある。NATOもフィンランドやスウェーデン、さらには究極的にはウクライナの加入を視野に入れて、活性化が図られていかなければならない。
 しかし、抑止力の強化だけがグローバルな分断阻止の処方箋ではない。鍵を握るのは中国であり、中国がロシアと本格的な連携に至れば、グローバルな分断阻止は難しくなるし、朝鮮半島でも台湾海峡でも衝突の危険性が増す。中国を過度に追い込むのではなく、日本はむしろ経済面では中国に積極的な関与政策をとるべきだろう。
貿易、投資、気候変動やエネルギー面で中国を地域的な協力の枠組みに巻き込んでルール重視の協力関係をつくる余地はある。
 こうしたハイブリッド戦略は23年11月の米中首脳会談で一致したと伝えられる「対立しても衝突せず」という基本的な認識にも合致していると考えられる。しかしこの戦略もトランプ政権が誕生すれば困難になっていくと予想される。バイデン政権の下でできるだけハイブリッド路線を定着させていくことが決定的に重要だ。

ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/337338
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家で、くすぶる

2024年10月11日 21時12分24秒 | 創作欄
 
2週連続土日、家にいる。
これだけの、仕事の空白は、珍しい。

地方へ行けば仕事があるが、赤字経営で社の借り入れも増えるばかりだ。
今後は?
通常の営業の他、通販でも活路を見出さねばならない。

社員たちを責めるばかちの、トップ。

「自分だけが、1人で苦労している。他の社員たちはあてにできない」
との諦めがトップにある。

思うに当方は、勝負強くない。
非凡さに欠ける、と自戒するばかり。

創作 斧の夢

2024年10月11日 10時55分09秒 | 創作欄

男は、55歳でリストラ
年金まで10年の時代。
「どうすれば、いいのか」
「自分で、何かをしたら?」
「大丈夫、体は?」

「55歳の、総理大臣は、大丈夫ですかね」
世間は、つまり面接に行っても、30歳代か、ぎりぎり40歳代。

だが、50歳代も半ばではね!不採用がつづくばかり・・・

「飼い殺しにしてやる」と個人企業の経営者に、睨まれた。
あれは、32歳の時。
「23年の答えが、これですか」
「23年間、置いてやったのだ!」と社長は、陰険な目で睨みつける。

「この、業界で、働くのなら、ほかの会社に行っても、うちの悪口は許さんぞ」
恫喝である。
「この、業界しか、どうせ今更、行くところないよ」
「おとなしく、しているんだよ」

男は、経営者に殺意をもった。
釣りに行ったら、船に斧があった。

何故、釣り船に錆付いた斧があったのか?
大きなリックに、その斧をしまい込む。

社長の背後から、脳天に斧を振り下ろす。
釣り糸をたれながら、何度も斧を振り下ろす、シュミレーションをする。

頭蓋骨がくだける音。
脳みそが飛び散るさま。

「罪と罰」の老婆殺しが、脳裏に重なる。
声を立てるだろう。
しかし、即死する。

声は、どんであろう。
「うおー!」
「あー」
「ぎゃー!」
声にならない咆哮、悲鳴。
あるいは、人間のものとは、とても思われない。野獣の叫びか。

きっと、無言だ。うめくだけ、かもしれない。

突然、釣竿に大物がかかる気配がした。
異常な重さだ。竿か折れた。

針にかかったのは、水死体だった。
10日前に行方不明になった、地元のヤクザの親分の死体だ。
背中に夜叉と蛇の刺青。
全裸である。

そこで、目が覚めた。
午前2時。

あれほど、2に前には熱く、寝苦しいかったのに、肌寒く毛布を取り出した。