印刷工場の営業課長の市村貞夫はいわゆる、すけこましであった。
すけこましとは、女をものにすることや、それがうまい人のことをいうが、市村は典型的なすけこましであった。
印刷工場は、鉛の活字とインクで空気まで淀んでいた。
使い古された活字を熔かして、再利用する部署もある。
市村課長は空気洗浄機が敷設されている事務所に居て、スーツ姿で過ごしていた。
元ダンス教師を自称していたが、前歴は定かではない。
全ての職員は汚れたグレーの作業服を着て、工場内を忙しく動き回っていた。
真田徹は、新聞仲間から市村の良からぬ行状を聞いていた。
「うちの女性社員も、市村の奴にたらし込まれたんだ。女はどうして、市村のような男の餌食になるのかね」
建設関係の専門紙の記者である多田慎之介が顔をしかめた。
上野駅に近いガード下の居酒屋で、徹は驚くべき話を聞かされた。
「真田君の会社の経理の人だと思うけど、市村が言ったんだ。あの子はお皿だと・・・」
「お皿?」と徹は聞き返す。
「よく分からないけど、性交したら膣が浅かったらしいんだ」
経理の大原峰子と徹は同郷であり、親しくしていた。
多田と3人で上野の夜桜へ行き、帰りに酒を飲んだことがあった。
市村はもう1人の経理の木村鈴子にも手を伸ばそうしていた。
だが、鈴子は従兄が興信所に勤めていたので、相談して上で多田の経歴を洗い出していた。
市村は未亡人3人から金を騙しとった詐欺罪と未亡人の娘への強姦罪で懲役刑を受けた犯罪歴があることが明らかとなったのだ。
野田典子は徹の編集助手のような立場であった。
「1日も早く、真田さんのような取材記者になりたいの」と典子は言っていた。
その典子に市村は手を伸ばしていた。
典子は毎週、印刷工場へ新聞原稿を届ける立場であった。
「君の書く原稿はいいよ。早く一人前の記者になるといいね」と市村は典子の気持ちをくすり引きつけた。
「編集長は、認めてくれないけど、私のこと市村さんが認めてくれたの」典子は上気した様子であった。
市村がドライに典子を誘っているのを、徹は印刷工場で目撃した。
「女を車に乗せたら、俺が女に乗る」と市村はうそぶいていた。
「驚いたわ、市村さんはポルシェに乗っているのね」22歳の典子は少女のように無防備に映じた。
「ドライブ、何時行くの?」徹は心の乱していた。
「今度の日曜日よ。軽井沢へ」典子は胸を膨らませている様子である。
妻子のいる34歳の徹は突然、典子を所有したい欲情に支配された。
「市村に典子を奪われまい」という身勝手な男の情念が募る。
徹はその夜、印刷工場を出ると典子を浅草に連れて行く。
そして、神谷バーで電気ブランを飲み、その勢いで典子に懇願するように言ったのだ。
「典子さん、俺と本気で恋をしないか?」
「恋を?冗談でしょ」典子は声を立て笑ったのだ。
徹は典子の手を握り締めた。
周囲の客はもはや眼中になかった。
典子は何故か、手を握り返してきた。
「どうしたのかしら、私、嫌と言えない」典子は涙を浮かべていた。
徹が予期もしない反応を典子は示したのだ。
「波長が合ってしまったのね」
徹はほとんど恋愛経験もないまま、見合い結婚をした。
恋といものに憧れながら、それを果たせないできたのだ。
不完全燃焼の青春は灰色そのものであった。
すけこましとは、女をものにすることや、それがうまい人のことをいうが、市村は典型的なすけこましであった。
印刷工場は、鉛の活字とインクで空気まで淀んでいた。
使い古された活字を熔かして、再利用する部署もある。
市村課長は空気洗浄機が敷設されている事務所に居て、スーツ姿で過ごしていた。
元ダンス教師を自称していたが、前歴は定かではない。
全ての職員は汚れたグレーの作業服を着て、工場内を忙しく動き回っていた。
真田徹は、新聞仲間から市村の良からぬ行状を聞いていた。
「うちの女性社員も、市村の奴にたらし込まれたんだ。女はどうして、市村のような男の餌食になるのかね」
建設関係の専門紙の記者である多田慎之介が顔をしかめた。
上野駅に近いガード下の居酒屋で、徹は驚くべき話を聞かされた。
「真田君の会社の経理の人だと思うけど、市村が言ったんだ。あの子はお皿だと・・・」
「お皿?」と徹は聞き返す。
「よく分からないけど、性交したら膣が浅かったらしいんだ」
経理の大原峰子と徹は同郷であり、親しくしていた。
多田と3人で上野の夜桜へ行き、帰りに酒を飲んだことがあった。
市村はもう1人の経理の木村鈴子にも手を伸ばそうしていた。
だが、鈴子は従兄が興信所に勤めていたので、相談して上で多田の経歴を洗い出していた。
市村は未亡人3人から金を騙しとった詐欺罪と未亡人の娘への強姦罪で懲役刑を受けた犯罪歴があることが明らかとなったのだ。
野田典子は徹の編集助手のような立場であった。
「1日も早く、真田さんのような取材記者になりたいの」と典子は言っていた。
その典子に市村は手を伸ばしていた。
典子は毎週、印刷工場へ新聞原稿を届ける立場であった。
「君の書く原稿はいいよ。早く一人前の記者になるといいね」と市村は典子の気持ちをくすり引きつけた。
「編集長は、認めてくれないけど、私のこと市村さんが認めてくれたの」典子は上気した様子であった。
市村がドライに典子を誘っているのを、徹は印刷工場で目撃した。
「女を車に乗せたら、俺が女に乗る」と市村はうそぶいていた。
「驚いたわ、市村さんはポルシェに乗っているのね」22歳の典子は少女のように無防備に映じた。
「ドライブ、何時行くの?」徹は心の乱していた。
「今度の日曜日よ。軽井沢へ」典子は胸を膨らませている様子である。
妻子のいる34歳の徹は突然、典子を所有したい欲情に支配された。
「市村に典子を奪われまい」という身勝手な男の情念が募る。
徹はその夜、印刷工場を出ると典子を浅草に連れて行く。
そして、神谷バーで電気ブランを飲み、その勢いで典子に懇願するように言ったのだ。
「典子さん、俺と本気で恋をしないか?」
「恋を?冗談でしょ」典子は声を立て笑ったのだ。
徹は典子の手を握り締めた。
周囲の客はもはや眼中になかった。
典子は何故か、手を握り返してきた。
「どうしたのかしら、私、嫌と言えない」典子は涙を浮かべていた。
徹が予期もしない反応を典子は示したのだ。
「波長が合ってしまったのね」
徹はほとんど恋愛経験もないまま、見合い結婚をした。
恋といものに憧れながら、それを果たせないできたのだ。
不完全燃焼の青春は灰色そのものであった。