雨曇子日記

エイティライフの数々です

足袋蔵の街行田市 ②

2017-11-22 16:50:45 | 関東の小都市歩き

 

忠次郎蔵でのランチのあと、「時田蔵」の前を通って「足袋とくらしの博物館」へ行きました。

 

 

一歩足を踏み入れると、そこはまさに足袋工場でした。

 

 

迫力あるなあ!

 

 

ボランティアの方が実際に持ち場についておられるので、リアリティがあります。

博物館ですから、いろいろな展示もあります。

 

                 (明治のころの手動のミシンと炭火を入れて使うアイロン)

 

「力弥足袋」で知られた牧野本店の店舗兼住宅が使われているので、迫力があるのです。

ただ、公開は土・日のみで、入場料は 200 円です。

予約をすれば“My 足袋作り体験”ができるそうです。

 

 

パンフレットにある「・・・昭和 13 年 には約 200 社の足袋商店が操業し、年間約 8、500 万足、全国シェアの約 80 %の足袋を生産する“日本一の足袋の町”になりました」との説明が納得できました。

 


足袋蔵の街行田市 ①

2017-11-21 20:13:59 | 関東の小都市歩き

100 年続いた足袋の老舗「こはぜ屋」が社運をかけてランニングシューズを創り出そうとするドラマ“陸王”が人気ですが、その舞台となった行田市は、江戸前期より足袋の生産が盛んで、最盛期の昭和初期には 80 %のシェアを誇り、現在もその名残の多くの足袋蔵がみられます。そして 「NPO 法人行田足袋蔵ネットワーク」の手で足袋蔵の再生を主とした街づくりが進められています。

 

                (駅前の「行田市観光ガイドステーション」・栗原商店の足袋蔵)

 

 11 月 18 日(土)東武伊勢崎線「羽生」から秩父鉄道で行田市に入りました。

 

                   (秩父鉄道のド派手な車体)

                         (同行してくれた友達)

           (行田市駅のホーム、屋根を支える柱にレールが使われている)

                  (待合室の広さにかっての乗客数がうかがえる)

                  (現在は、その広さをもてあましてはいるが・・・)

               (これが現在の利用客にふさわしいたたづまいだ)

                (現在の橋上駅の通路の閑散さはすばらしい)

 

 

駅南口を出て蕎麦屋さんに行きました。

 

 

足袋原料問屋小川忠次郎商店の店舗兼住宅として大正 14 年(1925 )にできました。

現在は、「NPO 法人 忠治郎蔵」のみなさんによる手打ちそば店となっています。

 

                 (そば大盛り 800 円 ・ 天麩羅 200 円)

 

蕎麦はおいしかったですよ。

 

 

 


忍(おし)城 10 万石の城下町行田市

2017-11-01 20:42:21 | 関東の小都市歩き

ネットで調べ、行田街歩きのランチは「Cafe 閑居」と決め、見当をつけて歩いていると、突然目の前にドローンが現れた。

 

 

城下町によく見られる直角に折れた道やススキの草叢もある一画だ。

 

 

目指すカフェは目の前の足袋蔵を入ったところにあった。

 

 

行田市初代市長だった(故)奥貫賢一氏の旧宅を借り受け、クチキ建設・設計事務所の朽木宏氏夫人の運営するカフェであるらしい。

改築ではないので、靴を脱いで上がる。

 

 

豊富なメニューの中から「閑居カレー」をお願いした。

 

                  (大皿のサラダと珈琲がついて 1250 円 )

 

さて、行田市は 10 万石 忍(おし)城の城下町だ。

かっての本丸跡に 1988 年建立の城が建つ。

 

           (行田市の郷土博物館になっていていろいろな展示があった)

 

城を出て鐘楼を眺めながら、この街の大通り国道 125 号を行くと、赤川政由氏作の銅人形が迎えてくれる。

 

 

昔ながらの遊びをモチーフにした 39 の像が心の安らぎを与えてくれる。 

 

 

 

 

 


足袋の町 行田市

2017-10-31 22:11:24 | 関東の小都市歩き

 

足袋一筋 100 年の老舗“こはぜ屋”が業績悪化を挽回すべく、ランニングシュ-ズ「陸王」に賭ける連続ドラマが人気だ。

 

人気に乗って、10 月 31 日、行田に出かけた。

 

         (東武伊勢崎線“羽生”で秩父鉄道に乗り換え行田市に向かう)

                (行田市駅ホーム上のレトロな待合室)

                (行田市駅の改札口・スイカ、パスモは使えない)

                        ( レトロな風格をもつ行田市駅 )

 

街なかには足袋蔵があふれている。

 

 

足袋蔵の蕎麦屋さんもあった。

 

              ( 2 時を過ぎてスタッフのかたのランチタイムになっていた)

 

 

 

 


千葉市立美術館へ

2017-10-07 18:43:29 | 関東の小都市歩き

久しぶりに千葉市立美術館に行きました。

9 月 6 日~ 10 月 23 日開催の「鈴木春信・ボストン美術館浮世絵名品展」が目当てです。

 

                         (閑散とした千葉市の通り)

 

京成線千葉中央駅から東へまっすぐ伸びた広い通りを歩き、美術館に向かいます。

 

      (昭和 2 年築の元川崎銀行は千葉市中央区役所で、その 7 ・ 8 階が美術館です)

                (一階部分のホールは昔の状態で残してあります)

 

展覧会を見た後、 11 階のレストラン「かぼちゃわいん」でカレーを食べました。

 

       (鈴木春信の作品「見立て那須与一・屋島合戦」にちなんだカレーだ)

                      (レストランからの千葉市街の展望)

 

帰り道、千葉駅前の中央公園でヘレン・ケラーの銅像を見ました。

 

                   (2011 年千葉県アイバンク協会の尽力で建立)

                              (同行の友人)

 

 


2017 ・ 9 月 成田にて

2017-09-22 21:57:18 | 関東の小都市歩き

9 月 19 日(火)の JR 成田駅前です。

 

 

駅は改修工事が始まりそうですが、駅前は整備が完了し整然としています。

参道も歩道ができ、歩きやすくなっていました。

 

 

店のたたずまいも何か斬新です。

 

                             ( 千葉興業銀行 )

          (米屋の裏庭にある「成田羊羹資料館」個人的に気に入っています)

 

新勝寺は静かな庭園を歩きました。本堂右手の小道を入ります。

 

 

昭和 59 年建立・ 58 m の平和の大塔は境内の江戸時代の建物群とも調和し、美しく聳えていました。

 

 

 


八木崎から春日部へ

2017-06-27 22:33:10 | 関東の小都市歩き

 

八木崎駅は東武アーバンパークライン春日部駅から大宮方面へ一つ目の駅です。

駅前に埼玉県立春日部高校があります。

 

 

私が目指したのはこの高校でなく、隣の神社です。

 

 

 

鎌倉時代の元弘年間( 1331 ~ 1334 )この地を治めた春日部重行が鶴岡八幡宮を勧請して建てたという八幡神社です。

隣接の稲荷神社も、八幡公園も風格がありました。

 

 

春日部市役所通りを歩き、道端に「雷電社」を見つけました。

 

                     (この木に雷が落ちたのでしょうか?)

 

チエーン店の安いランチを食べた後発見した蕎麦屋さん(ここで昼食をとるべきだった)

 

 

かくして、約 6000 歩で春日部駅西口に着きました。

 

            (モニュメントの後ろに市制 30 年記念樹木が繁っている)


早春の土浦 亀城公園

2017-02-28 22:10:43 | 関東の小都市歩き

柏駅 4 番線は水戸方面常磐線下り列車のホームでいつも空いている。

2 月 28 日 10 : 02 発の土浦行も御多分に洩れず空いていた。

 

 

土浦駅を降りて亀城公園に向かった。

 

 

土浦は城下町で、江戸時代中期以降城主となった譜代大名土屋氏の治世が 200 年にわたって続いた。

城跡は亀城公園として整備されている。

 

                (堀端のヤナギが芽ぶきはじめた)

            (桜は一か月以上先だ)

          (西櫓の屋根に並んでいるのは鳩だ)

       (東櫓から見下ろした本丸跡)

             (本丸はこんな様子だったらしい 博物館の展示)

                  { 明暦 2 年( 1656 )改築の櫓門 }

 

ひなまつり開催中で街のあちこちに雛人形が飾られていた。

 

 

 

 

 

 


木下(きおろし)街道にそって

2016-12-24 20:17:34 | 関東の小都市歩き

             

                 (鎌ヶ谷市郷土資料館の展示)

 

文政 8 年( 1825 )渡辺崋山(武士・画家)が鹿島・銚子への旅の途中鎌ヶ谷宿に泊まって風景画を描き、これが「四州真景」のなかに残され、今は国の重要文化財となっています。

 

    

        

 

江戸時代の三級亭魚文(ぎょぶん)という俳人が鎌ヶ谷宿を通った時に詠んだ句「ひとつ家へ人を吹き込む枯野かな」が刻まれています。

道標も兼ねていて「右木をろし道」「左中木戸道」とあります。

 

        

        

            (境内の大楠)

 

日蓮宗の寺延命寺は、大仏のある墓地を管理する寺です。

大仏から南に 500 m ほど行ったところ、木下(きおろし)街道沿いにあります。 

 

朝日新聞千葉版「京葉さんぽ」で紹介された、そば処「小川軒」に入りました。

 

        

             

                    (カツ丼セット 1050 円)

             

                (店主 舟橋従徳さんご夫妻)

             

                 (浅間選手・大嶋選手のユニフォーム)

 

       


鎌ヶ谷大仏

2016-12-22 14:23:53 | 関東の小都市歩き

240 年前鎌ヶ谷宿の福田文右衛門さんが、先祖供養のため大仏を造りました。大仏といっても、台座を含め 2 . 3 m です。

 

        

        

 

優れた馬の扱いぶりを幕府に見込まれ、代々小金牧の牧士を務めてきた清田家の子孫にあたる、清田精肉店の店主は、大仏コロッケを作っています。(ロッテの清田選手とは親戚)

 

             

        

             

 

新京成線「鎌ヶ谷大仏駅」は、関東の百駅に選ばれています。

 

             

        

        

 

現在の電車の駅からは、あまり歴史は感じられませんが、バス停の方は戦後まもなくのころの雰囲気が残っています。

 

             

             

 

鎌ヶ谷市郷土資料館には、昭和 38 年の鎌ヶ谷大仏駅の写真がありました。