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気功も現在は、一説には数千種と数えられるほどの種類が
あるそうですが、気功の中には、雷雨の時、特定の疾患がある時や
妊娠中は避けるなどの注意、気功を終える時に行うべき事、
気功を終えたしばらく行ってはいけない禁忌、また行う時刻や
向かう方角などの指定があるものも少なくないのですが、この
「法輪功」に関してはそうしたものが一切ないそうです。
そしてこの「法輪功」に比べれば大陸系の「仙道(道家修練における
気を高めて練っていき、最終的に仙人になる事を目指す)」は
低次元のものであり、また仙人になるためにある程度の段階に
入れば必要とされている、穀食を断つ辟穀(へきこく)も必要なく、
ただ徳を修め、執着心や嫉妬心などの邪心を捨て、悪業を滅して正しく
「法輪功」を煉っていくならば、智慧を開いて心身を高次元に導き、
更に高いレベルに至れば、「法身」という自分のもう一つの霊的な
身体が生まれるという説明しています。
また「徳を修める」というのは「正しく善行を行う事を積み重ねる事」で、
これを功に変えて初めて気功の効能が現れるという事で、この辺りが
「気功法で気を集めさえすれば効能が得られる」といった向きとは
大きく異なり、更に他の気功には「樹木から気をもらう」といった方法が
ありますが、「法輪功」では「樹木の生命力を奪う事になる」として、
これを禁じています。
またこの「法輪功」を行うならば読経や他の修練も必要ではなく、病気も
治るために薬の服用も必要ではないといった表現もありました。
個人的には「徳を修める事・悪業を滅する事」のような非常に共感させて
頂く所がありながらも、「法輪功」を至上とする事が適切であるか、そして
服薬や他の修練に関する説明が、本当にその通りであるかというような
疑問もあり、「法輪功」の功法に対する判断というのが難しくあります。
しかし「徳」に関する李氏の言葉は非常に興味深く、以下転載させて
頂きます。
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善人は損をする、と考える人がいます。
常人から見ればその人は損をしているように見えても、常人では得られない
ものをその人は手に入れています。
それは他でもなく「徳」……白い物質であり、極めて貴重なものです。
徳がなければ功はない、これが絶対の真理です。
なぜ多くの人は練功しても功が伸びないのでしょうか?
それは徳を修練していないからです。
多くの人はみな徳を説いており、みな徳を求めるようにと言っていますが、
彼らは徳が実際に功に転化される道理を明らかにしていないため、
個々の人が自分で悟るしかありません。
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気功も現在は、一説には数千種と数えられるほどの種類が
あるそうですが、気功の中には、雷雨の時、特定の疾患がある時や
妊娠中は避けるなどの注意、気功を終える時に行うべき事、
気功を終えたしばらく行ってはいけない禁忌、また行う時刻や
向かう方角などの指定があるものも少なくないのですが、この
「法輪功」に関してはそうしたものが一切ないそうです。
そしてこの「法輪功」に比べれば大陸系の「仙道(道家修練における
気を高めて練っていき、最終的に仙人になる事を目指す)」は
低次元のものであり、また仙人になるためにある程度の段階に
入れば必要とされている、穀食を断つ辟穀(へきこく)も必要なく、
ただ徳を修め、執着心や嫉妬心などの邪心を捨て、悪業を滅して正しく
「法輪功」を煉っていくならば、智慧を開いて心身を高次元に導き、
更に高いレベルに至れば、「法身」という自分のもう一つの霊的な
身体が生まれるという説明しています。
また「徳を修める」というのは「正しく善行を行う事を積み重ねる事」で、
これを功に変えて初めて気功の効能が現れるという事で、この辺りが
「気功法で気を集めさえすれば効能が得られる」といった向きとは
大きく異なり、更に他の気功には「樹木から気をもらう」といった方法が
ありますが、「法輪功」では「樹木の生命力を奪う事になる」として、
これを禁じています。
またこの「法輪功」を行うならば読経や他の修練も必要ではなく、病気も
治るために薬の服用も必要ではないといった表現もありました。
個人的には「徳を修める事・悪業を滅する事」のような非常に共感させて
頂く所がありながらも、「法輪功」を至上とする事が適切であるか、そして
服薬や他の修練に関する説明が、本当にその通りであるかというような
疑問もあり、「法輪功」の功法に対する判断というのが難しくあります。
しかし「徳」に関する李氏の言葉は非常に興味深く、以下転載させて
頂きます。
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善人は損をする、と考える人がいます。
常人から見ればその人は損をしているように見えても、常人では得られない
ものをその人は手に入れています。
それは他でもなく「徳」……白い物質であり、極めて貴重なものです。
徳がなければ功はない、これが絶対の真理です。
なぜ多くの人は練功しても功が伸びないのでしょうか?
それは徳を修練していないからです。
多くの人はみな徳を説いており、みな徳を求めるようにと言っていますが、
彼らは徳が実際に功に転化される道理を明らかにしていないため、
個々の人が自分で悟るしかありません。
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