「お父さんが自宅を売却してしまったみたい。すぐに実家に来てほしい」
妹から連絡を受けて、実家に駆けつけた男性。そこで目にしたのは、80代の父親が不動産業者と交わした「リースバック」の契約書でした。この情報をきっかけに、高齢者が巻き込まれるさまざまな不動産トラブルを調べると、「リースバック」に関する相談が相次いでいることがわかりました。
みなさんは「リースバック」というサービスを知っていますか?メリットとデメリット、そして契約時の注意点について取材しました。
(社会部記者 小山志央理)
家族が知らないうちに自宅売却
男性の父親は、首都圏にあるマンションの1室を30年以上前に購入。
母親が亡くなったあとは1人で暮らしていましたが、顔見知りの住人も多くそのまま住み続けたいという意向があったといいます。
男性が異変に気づいたのは、去年のことでした。
家族が知らないうちに、父親が自宅を売却していたのです。
父親が契約トラブルに巻き込まれた男性
「父は『自宅を今度は借りることになった』と言いました。私たちにとっては寝耳に水でしたし、実家を気に入っていたのでとても
ショックでした。せっかくローンも払い終えてそのまま住み続けられるのにどうして売却したのかと聞いても、あやふやな答えしか
返ってきませんでした」
「リースバック」とは
父親が不動産業者と交わしていた「リースバック」の契約。「リースバック」とは、マンションや戸建てなど自宅を不動産業者に売却して代金を受け取るとともに、新たに賃貸借契約を結んで、新しい持ち主に家賃を支払うことで同じ家に住み続けられるというサービスです。自宅を売却することでまとまった資金が手に入るうえ、固定資産税などの支払いがなくなります。さらに住み慣れた家にそのまま住み続けられることから、老後の生活資金などを考える高齢者を中心に関心が高まっています。
業者訪問の数日後に契約
男性が契約書を確認すると、父親はマンションの部屋を不動産業者に千数百万円で売却していました。
しかし相場を調べたところ、この売却額は市場価格よりおよそ1000万円安かったといいます。
そして同じ部屋に住み続けるため、毎月10万円以上の家賃を支払う契約になっていました。男性はこの契約に納得いかない気持ちがありました。当時、父親は物忘れが進んでいたからです。父親が契約書にサインしたのは、業者が最初に訪問してからわずか数日後。「判断能力が低下していた父親は複雑な不動産契約の内容を十分に理解していたのか」「業者から迫られ、家族に相談する間もなく契約させられたのではないか」そう思わざるを得なかったといいます。
さらにこの不動産業者は父親の“代理人”として実印を変更する手続きを行ったうえで、契約を結んでいました。
父親の実印は契約トラブルに巻き込まれないよう家族が預かっていましたが、知らないうちに変更されていたのです。このトラブルのあと家族で話し合って自宅を離れ、施設に入った父親。その後、認知症と診断され、ことし亡くなりました。父親が契約トラブルに巻き込まれた男性「父は生活資金に困っておらず契約を結ぶ必要はなかったんです。私たちに売却した資金の一部を残そうと思ったのかもしれませんが、その後の自分の生活や家族にどういう影響があるのか、経済合理性までは考えられていなかったと思う。細かい字で書かれた契約
書を父の認知能力ではとても理解できなかったはずですし、家族に相談もなしに一気に話を進めてしまったという点では、不動産業者
に押し切られてしまったのではないかと感じています」
高齢者の契約トラブル相次ぐ
一部の業者に仕組みを悪用されるなど、リースバックをめぐる契約トラブルは近年増加しています。
東京の消費生活センターに、2023年度に寄せられた相談件数は113件。
相談は増加傾向にあり、担当者によると特に多いのはひとり暮らしの高齢者だといいます。消費生活センターや弁護士などによると、リースバックが悪用されたとみられる以下のようなケースが確認されているといいます。
▼コロナ禍で周囲との交流が途絶えた中で業者の訪問を受け、その日のうちに契約してしまった。のちに売却代金が、相場の半額以下
だったことがわかった。
▼自宅を訪問してきた業者に朝10時から夜9時半まで居座られた。契約書類に署名したが、何の書類なのかよく覚えていない。
リースバックのメリット・デメリットは
専門家や消費生活センターなどを取材すると、リースバックにはメリットもデメリットもあるといいます。
<メリット>
1 住み慣れた家に住み続けられる
2 固定資産税や修繕積立金の支払いがなくなる
3 まとまった資金が得られる
固定資産税などの支払いがなくなり、住み慣れた家に住み続けながら、まとまった資金が得られるのがメリットで、例えばこんなケー
スで活用されています。
▼数年後に高齢者施設に入居が決まっている高齢者が、入居のための一時金などまとまった資金が必要になったとき。
▼年金が少ないなどの理由で経済的に不安がある高齢者が、売却金を生活資金に充てたいとき。
<デメリット>
1 売却価格は相場より安くなる傾向
2 いつまでも借りられるとは限らない
3 クーリング・オフできない
▼国土交通省が実施したリースバックに関するアンケート調査では、住宅を買い取る価格について、周辺相場に対して「7割以下」と
答えた事業者が半数を占めました。
売却後も売り主が住み続けることなどから、相場よりも低い価格で取り引きされるのが一般的です。
また、賃料が相場より高額に設定されたり、契約の更新料が高額になったりするケースもあるということです。
▼退去のリスクもあります。「定期借家契約」で期間が定められるケースも多く、そのまま自宅に住み続けられる保証はありません。
契約の更新時に貸主が拒否した場合、退去しなければならなくなります。
特に高齢者の場合はいったん自宅を失うと、次に住む場所がすぐには見つからないおそれもあります。
▼さらに自宅を不動産業者に売却する場合、一定の期間であれば無条件で契約を解除できる「クーリング・オフ」は適用されず、解約
する場合には、多額の違約金を請求されることがあります。
ライフプラン考えて冷静に判断を
国土交通省はトラブルが相次いでいることを受けて、リースバックに関するガイドブックを公表し、利用する際のポイントなどを次のようにまとめて掲載しています。
国交省がまとめたガイドブック
▼契約を急がせるセールストークには合わせず、サインする前に家族や信頼できる人に相談すること
▼複数の事業者に売却価格の根拠や相場について聞くこと
▼通常の売却や融資などほかの手段も含めて、自分のライフプランに合っている条件を検討すること
一方、消費生活センターも慎重に判断してほしいと呼びかけています。
東京都消費生活総合センター 高村淳子 相談課長「年金生活の苦しさから、一時的にまとまったお金を手に入れて生活を立て直したいという人も多くいます。リースバック自体は悪いものではありませんが、消費者に『売買』と『賃貸借』の両方の知識がないと、業者に有利な形で契約が結ばれるおそれもあります。
訪問されたその日に契約せず、まずはじっくり考えさせてほしいと伝えたうえでその日は帰ってもらい、親族などにこういう条件で勧誘を受けていると相談することが大切です。業者から契約をせかされたとしてもその場で決断せず、周囲に相談するなどして冷静に判断してほしいと思います」
弁護団結成 法改正求める声も
トラブルの増加を受けて、ことし4月にリースバックが悪用された被害などに専門に取り組む弁護団が東京で結成されました。
およそ20人の弁護士が高齢者や家族などからの相談に応じ、不動産業者との交渉や民事訴訟などに対応しています。
課題として指摘していたのが、リースバックは売却後も自宅に住み続けるため、周囲からは契約を結んだことに気付かないという点で
す。
高齢者・障害者の不動産押買被害対策弁護団 加藤慶二 弁護士「仮に問題のある契約内容だったとしても、本人は変わらず同じ家に住み続けているので、家族や周囲の人は気付きづらく、被害が顕在化しにくいのが実態です。リースバックのサービスは複雑で、まだ一般的に理解が十分に浸透していない。業者が“住み続けられる”という点だけ強調して強引に勧誘しているケースもみられます。高齢者にとって家という極めて大事な財産に関わることなので、
強い問題意識を持っています」
さらに法改正が必要という声も上がっています。
第二東京弁護士会は2023年、法律を改正し、リースバックも「クーリング・オフ」の対象にすることや、業者に買い取り価格の客観的
な根拠を明らかにさせることなどを求める意見書を国に提出しています。
取材後記
自宅の住み替えや老後の資金調達など、住宅の新しい活用方法として注目されているリースバック。有効に利用できる場面も多い一方で、判断を誤ってしまえば、自宅に住めなくなり経済的に行き詰まってしまうことにもなりかねませ
ん。本人が希望する生活を送れるのかどうか、収支計画も考えたうえで慎重に判断することが大切です。リースバックが有効に活用できるケースや、逆にトラブルになってしまうケースも含めて周知を図ること。そして悪質なケースについては、行政機関による指導や規制強化も含めて積極的に対応していく必要があると感じました。
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