今私のパソコンのデスクトップには、昔毎日眺めた小高い山の中腹にある
「ヨガニケタン・アシュラム」から見た、ガンジス河の写真が貼ってある。
その頃私はヨーガの指導者なのに、「本当の瞑想状態」を体験したことがなくその
ため座禅に通ったり、精神的に向上できると思える勉強を、一体どれほどしたか分
からないが、自分で「これが瞑想だ」と思える状態は得られなかった。
そのため、いつも心の中ではもどかしい思いだった。インドへ何度も行っても
その状態は得られなかった。その頃ある週刊誌で「空中浮揚」の写真を取り上げられ
一躍有名になった先生の教室で「聖地リシケシの道場で、1週間ヨーガ修行と1週間
観光ツアー」があり、早速申し込んだが、参加したしたのは、指導者ばかりだった。
首都デリーからおんぼろバスで8時間、ようやく着いた聖地リシケシアは雨が降って
いてとても寒かった。寒い門前で待たされること4時間、それなのに宿泊予定の
「シバナンダ、アシュラム」に、何故か泊れず、全員はがっかりした。
急遽そこから歩いて40分ほどの「ツーリストバンガロー」に宿泊し、毎朝暗いうち
に起き「シバナンダ・アシュラム」へ通ったが、そこには私が求めていた「瞑想」は
なかった。だんだん帰る日が近き、私の求めていたものは得られず、「ヨーガの聖地と
言われるリシケシまで、一体何のために来たのだろうと」、苛立ったリ、悲しかったりで
一人ガンジス川の清流を眺めながら、何度涙したことだろう。
※寒い雨の中シバナンダアシュラムの門前で4時間待たされた
でもラッキーなことに、女性の二人組も、私と全く同意見で、「残り1週間の観光を
パスして、どこかの道場に交渉して修行しよう」と、話がまとまり本当に嬉しかった。
そして幸運なことに「ヨガニケタンアシュラム」へ、宿泊できることになった。
その頃はアシュラムには、ヨーロッパの人男性が多く、日本人など滅多にいないので
私達3人は大変目立つらしく、先生方や、スタッフなどにも、特別待遇を受けた。
そのアシュラムでは早朝と夕方に、私が最も求めていた瞑想の講座が二度あった。
早朝の瞑想は5時から1時間、まだ暗いうちに荘厳な雰囲気の中で行われる。