ビビッド能里子トーク・サロン

医学的にも珍しい満十年の認知症介護について。自己分析や気分転換、幸せを感じる心の癖の付け方、メチャ料理など楽しく書きます

インドは私を変えた 1

2020-04-13 08:37:12 | エッセー

 今私のパソコンのデスクトップには、昔毎日眺めた小高い山の中腹にある

「ヨガニケタン・アシュラム」から見た、ガンジス河の写真が貼ってある。

その頃私はヨーガの指導者なのに、「本当の瞑想状態」を体験したことがなくその

ため座禅に通ったり、精神的に向上できると思える勉強を、一体どれほどしたか分

からないが、自分で「これが瞑想だ」と思える状態は得られなかった。

そのため、いつも心の中ではもどかしい思いだった。インドへ何度も行っても

その状態は得られなかった。その頃ある週刊誌で「空中浮揚」の写真を取り上げられ

一躍有名になった先生の教室で「聖地リシケシの道場で、1週間ヨーガ修行と1週間

観光ツアー」があり、早速申し込んだが、参加したしたのは、指導者ばかりだった。

首都デリーからおんぼろバスで8時間、ようやく着いた聖地リシケシアは雨が降って

いてとても寒かった。寒い門前で待たされること4時間、それなのに宿泊予定の

「シバナンダ、アシュラム」に、何故か泊れず、全員はがっかりした。

急遽そこから歩いて40分ほどの「ツーリストバンガロー」に宿泊し、毎朝暗いうち

に起き「シバナンダ・アシュラム」へ通ったが、そこには私が求めていた「瞑想」は

なかった。だんだん帰る日が近き、私の求めていたものは得られず、「ヨーガの聖地と

言われるリシケシまで、一体何のために来たのだろうと」、苛立ったリ、悲しかったりで

一人ガンジス川の清流を眺めながら、何度涙したことだろう。

※寒い雨の中シバナンダアシュラムの門前で4時間待たされた

でもラッキーなことに、女性の二人組も、私と全く同意見で、「残り1週間の観光を

パスして、どこかの道場に交渉して修行しよう」と、話がまとまり本当に嬉しかった。

そして幸運なことに「ヨガニケタンアシュラム」へ、宿泊できることになった。

その頃はアシュラムには、ヨーロッパの人男性が多く、日本人など滅多にいないので

私達3人は大変目立つらしく、先生方や、スタッフなどにも、特別待遇を受けた。

そのアシュラムでは早朝と夕方に、私が最も求めていた瞑想の講座が二度あった。

早朝の瞑想は5時から1時間、まだ暗いうちに荘厳な雰囲気の中で行われる。

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