あっという間にヨガニケタンで過ごした6日間が、明日はデリーに戻りツアー
の一行と帰国しなければならない。そう思うと、何だかとても淋しくなった。
ガンジス河が見える静かなベンチで、その日の午前色々なことを考えていたが
ヨーガ教室は、ダンス・スタジオは、どうなっているのかしらと、日本にも思いを
はせた。私が半月間以上日本を留守にしても、2か所とも定休日以外は一日も休まず
営業できているはず。また、長年家に来ている家政婦さん達にお願いし、私のいない
家庭を、家族がまったく不自由なく守っていてくれる。
ダンススタジオ、ヨーガ教室のスタッフは26人、人を使ったことがなく、その
扱いにいつもイライラし、私は絶えず胃の痛みに悩まされていた。
でも、その時「私は大勢の人に支えられているからこそ、好きなことができるのだ」
とハット気がついた。すると、人を使っている傲慢な気持ちがなくなり、感謝の気持ち
に見事にすり変わり、自分でも本当に驚いた。「聖地リシケシへの旅」は、そんな意味
でも私が精神的に大きく成長できたのではないかと感じた。
※お世話になったコテージとアシュラムの内部
いよいよリシケシを去る日は、先生のお部屋で朝食をご馳走になり、いろいろお話し
したが、また、必ずまた来るとお約束をした。求めていたものを得た喜びと幸福感
夢のような「自分だけのマントラ」をマハラジから賜り、先生を始め皆さん方に大変
優遇され、本当に幸せで穏やかな1週間を過ごすことができた。
前日には、ガンジス河原で、きれいな石を見つけて沢山拾い、神様の感謝の祈り
を捧げた。「まるで幸せの霧に包まれているような1週間」だった。
その日はお世話になった方々のお部屋を訪ねし、お世話になったお礼と別れの挨拶
をした。行きはインドのおんぼろ定期バスだったが、私達はタクシーでデリーへ向かう
ことにした。
山の下にあるアシュラムの入り口からタクシーに乗ったが、何だか胸が一杯になり
涙がこぼれそうだった。車窓からだんだん遠くなるリシケシに「有難うございました。
求めていた瞑想を体得できて本当に幸せでした」と、心の中で感謝した。
二人共私と同じような思いだったようで、それからしばらくは誰も話さなかった。
あまりにも有意義で、とても楽しく、まるで夢の様な充実した人生の中の1週間だった。
私は一度だけのドレスアップにと持ってきた、ハイヒールを履いてタクシーの乗った
途中でオシャレなレストランで、改めて「本当によかったね」心から3人で乾杯した。
デリーのホテルでインドの観光を終えた一行と会っても、「ヨガニケタンで経験したこと
すべては、いくら聞かれても一切口外しないこと」を、3人で固く約束した。
また2週間ぶりに食べた肉と、飲んだビールの味はビックリするほど美味しくて、3人
で大喜びした。
私は何度かインドへ行っていたが、2人は初めてだったのに、その後の観光をすべて
パスしたのは、よほどの覚悟だったのだと感じた。でも、それらについては、2人とも
一言も「残念だった」と言わなかった。それはきっと、ヨガニケタンで私が感じたと同じ
ように「自分が満足できたヨーガ修行のため」だったに違いないと、私は感じていた。