リシケシに滞在して4日目位、毎日アシュラムへ通ったが、ヨーガのポーズと、講義
(英語のため、私にはほとんど理解できなかった)マントラ(呪文を唱える)クラスだけ
私は「一体何のためにこんな遠いリシケシまで来たのだろう」と焦ったり、悲しんだりして
誰もいないガンジス河の清流を見ながら、一人で涙をこぼした。
そんな時偶然街で会った同行の若い女性達に、茶店で本心を打ち明けたら、彼女達
も私と全く同じ想いだったようで、「その後の1週間の観光をパスして、他のアシュラム
の門を叩きそこで修行しようと」と話がまとまった。
幸い二人は英語が流暢で、交渉はうまくまとまり「ヨガニケタンアシュラム」へ滞在
できることになった。そこは小高い山の上にあり、ガンジス河が見えとても見晴らしが
良かった。「シバナンダアシュラム」とは全く雰囲気が違い、メディテーションホールの
前には美しい庭もあった。石がゴロゴロしていて殺風景で、緊張ばかりしていた厳粛で
質素なシバナンダアシュラムより、気持ちもとてもリラックスできた。
また食事の質もずっとよかったが、私が何より嬉しかったのは、瞑想のクラスが朝夕
二回あった事だった。それにしても・・・二人はインドが初めだそうだが、すべての
観光をパスしたのは相当の覚悟があったのだろう。なだらかな山の中腹にコテージが
並び、修行者はそこで宿泊していたが、滞在している人の多くは、ヨーロッパの男性達
だったようだ。
私達はエクストラベッドを入れてもらい、3人で同じコテージに宿泊したが、毎日
暗い早朝5時から始まる瞑想の合図は鐘が鳴ると、毛布をまとった人達がコテージ
からぞろぞろとメディテーションホールに集まってくる。
私達は毛布がないので、シュラフを持って参加した。初めて参加したとき「ジャパ
ニーズレデイス、咳やクシャミが出ても、すぐに退場するように」と厳しく注意された。
メディテーションは1時間、大勢がいるとは思えない静寂さだったが、途中で退場
する人も何人かいたが、清浄で敬虔な雰囲気だったが、私には何かやさしさを感じた。
ガンジス河の対岸にあるヒンズー教の寺院から「コーラン」が時折聞こえて、とても
幻想的だった。