ビビッド能里子トーク・サロン

医学的にも珍しい満十年の認知症介護について。自己分析や気分転換、幸せを感じる心の癖の付け方、メチャ料理など楽しく書きます

懐かしいインドの夢を見て(2)

2021-03-23 09:50:39 | エッセー

 リシケシに滞在して4日目位、毎日アシュラムへ通ったが、ヨーガのポーズと、講義

(英語のため、私にはほとんど理解できなかった)マントラ(呪文を唱える)クラスだけ

私は「一体何のためにこんな遠いリシケシまで来たのだろう」と焦ったり、悲しんだりして

誰もいないガンジス河の清流を見ながら、一人で涙をこぼした。

 そんな時偶然街で会った同行の若い女性達に、茶店で本心を打ち明けたら、彼女達

も私と全く同じ想いだったようで、「その後の1週間の観光をパスして、他のアシュラム

の門を叩きそこで修行しようと」と話がまとまった。

 

 幸い二人は英語が流暢で、交渉はうまくまとまり「ヨガニケタンアシュラム」へ滞在

できることになった。そこは小高い山の上にあり、ガンジス河が見えとても見晴らしが

良かった。「シバナンダアシュラム」とは全く雰囲気が違い、メディテーションホールの

前には美しい庭もあった。石がゴロゴロしていて殺風景で、緊張ばかりしていた厳粛で

質素なシバナンダアシュラムより、気持ちもとてもリラックスできた。

 また食事の質もずっとよかったが、私が何より嬉しかったのは、瞑想のクラスが朝夕

二回あった事だった。それにしても・・・二人はインドが初めだそうだが、すべての

観光をパスしたのは相当の覚悟があったのだろう。なだらかな山の中腹にコテージが

並び、修行者はそこで宿泊していたが、滞在している人の多くは、ヨーロッパの男性達

だったようだ。

 私達はエクストラベッドを入れてもらい、3人で同じコテージに宿泊したが、毎日

暗い早朝5時から始まる瞑想の合図は鐘が鳴ると、毛布をまとった人達がコテージ

からぞろぞろとメディテーションホールに集まってくる。

 私達は毛布がないので、シュラフを持って参加した。初めて参加したとき「ジャパ

ニーズレデイス、咳やクシャミが出ても、すぐに退場するように」と厳しく注意された。

 メディテーションは1時間、大勢がいるとは思えない静寂さだったが、途中で退場

する人も何人かいたが、清浄で敬虔な雰囲気だったが、私には何かやさしさを感じた。

 ガンジス河の対岸にあるヒンズー教の寺院から「コーラン」が時折聞こえて、とても

幻想的だった。

 

コメント
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