トランプ政権下の合衆国最高裁判所が、トランプ大統領の思いに反する判決を次々に下して話題になっています。
そのうちのひとつ、人工妊娠中絶(以下、中絶)規制を取り上げてみます。まず、判例を確認しましょう。現在の判例は、中絶は憲法上の権利であり、中絶規制は女性の中絶の権利に対する「不当な負担」にあたる場合は違憲、とします。
最近の中絶規制の代表例は、TRAP(Targeted Regulation of Abortion Providers)法です。女性の健康を保護するという名目で中絶クリニックに課される制約、つまり、他のもっとリスクがある手術には適用されない面倒な規制を中絶にだけ課するのです。TRAP法とは、中絶支持派が批判している呼称で、中絶医狙い撃ち規制というところでしょうか。
テキサス州が制定したTRAP法について、2016年、最高裁は5-3の多数決で、不当な負担ゆえに違憲との判決をしました。今回争われたのは、ほぼ同内容のルイジアナ州法。ほぼ同じ規制なら今回も違憲になるはずですが、4年の間に、多数派裁判官が一人引退し、新任の2裁判官は中絶規制容認派のよう。事前の票読みでは今度は5-4の合憲判決に?
ところが報道されているように、再び違憲判断でした。決定票を投じたのはロバーツ首席裁判官。ロバーツは保守派で2016年判決では、TRAP法は不当な負担にあたらず合憲という意見でした。(同性婚を認めていない州法は憲法違反という有名な2015年の判決でも、反対意見でした)
ところが今回は…… 大意、以下のように述べて、違憲の結論に賛成しました。要するに、ロバーツ自身は合憲と思うが、裁判官としては判例に従って違憲と判断すべきだということです。
「私は4年前の判決では合憲判断をしたし、現在も違憲判断は間違っていたと考える。しかし本日問われているのは、4年前の判断が正しかったか誤りだったかではなく、本件を解決するのに判例に従うべきか否かである。
先例拘束性の原理は、特別の事情がない限り、同様の事件を同じように処理することを求めている。ルイジアナ州法は、4年前のテキサス州法と同じ理由で同じくらい厳しい制約を中絶のアクセスに課している。それゆえ、判例に照らせば、ルイジアナ州法は違憲である」
この先は私の推測ですが。ロバーツにとっては、TRAP法が合憲か違憲かよりも、判例が裁判官の交代、もっとはっきり言えばトランプ大統領の意向によって変更されることは許せなかったのではないでしょうか?
2年前の秋、トランプ大統領が意に沿わない判決を下した裁判官を「(民主党かぶれの)オバマ裁判官」と非難したとき、ロバーツ首席裁判官は「オバマ裁判官もトランプ裁判官もいない」と地裁の裁判官を擁護しました。
いやぁ見上げた、法律家魂、裁判官魂と敬服します。法を無視するトランプ政権下でも、存在感を発揮するアメリカの司法。アメリカ法研究者の一人として誇らしく思います。
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