ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「野がも」

2024-07-06 17:14:00 | 芝居
6月17日俳優座スタジオで、ヘンリック・イプセン作「野がも」を見た(俳優座公演、演出:真鍋卓嗣)。





築地小劇場開場100周年記念公演。
この戯曲は、2016年4月に文学座アトリエで見たことがある(演出:稲葉賀恵、タイトルは「野鴨」)。

豪商ヴェルレとエクダルはかつて工場の共同経営者だったが、
ある事件によりエクダルは事件の罪を一手に被り投獄されてしまう。
それによりエクダル家は没落し、貧困生活を強いられることとなった。
その事件から数年が経ったある日、
久しぶりにヴェルレの息子グレーゲルスが、エクダルの息子ヤルマールと再会する。
ヤルマールは、結婚し子を持ち、ささやかながら幸せな家庭生活を送っていた。
グレーゲルスはヤルマールの結婚相手が、ヴェルレ家の元家政婦ギーナであることを知る。
グレーゲルスの中にある疑惑が生じる。
やがてグレーゲルスは疑惑を暴き、真実をヤルマールに伝えるが・・・(チラシより)。

今回の舞台は客席と地続きで、驚くほど狭い。
周りをびっしりツタのような葉っぱが覆っている。
斜めに置かれた長い木のテーブル。
簡易な丸い椅子が何脚か。
下手に鉄枠の出入口と三角形の屋根。片方にだけすりガラスの屋根がはめてある。
上手に老父の部屋へ通じる通路。
正面奥には、糸のように細い布が揺れていて、その先に動物を飼っている屋根裏部屋があるらしい。

ヴェルレ家のパーティに招かれたヤルマール・エクダルは、上流階級の人々の前でワインについて質問し、無知をさらけ出して笑われ、恥をかく。
だが帰宅後、妻と娘に話す時には、パーティで聞きかじった知識を得意げに話したり、あることないこと自慢したり。
この男はこんな風に、ちょっと嫌な面も持ち合わせているようだ。
ヤルマール役の斉藤淳がかなりの早口。
滑舌はいいが、セリフが早過ぎてリアル感がない上に、客の頭がついて行けない。

彼とグレーゲルス(志村史人)が二人だけで話す間、ヤルマールの妻ギーナ(清水直子)がずっとそこにいて、テーブルの上に後ろを向いて座っている。
なぜこんな演出をする?
例によって、お客の想像力を信じていないからだろうが、余計なお世話だ。

グレーゲルスはヤルマールから、この10数年に起きたことを聞き、彼の結婚の経緯を聞いて、そこに、ヤルマール自身が気がついていない秘密を嗅ぎつける。
結婚相手ギーナは、かつてヴェルレ家で働いていた女で、グレーゲルスの父親(女癖の悪い)が追い回していたのを思い出したのだった。
二人が出会うよう仕向けたのも親父で、結婚後も仕事の斡旋など、さまざまな形で助けてくれたという。
ヤルマールは妻と14歳になる娘と共に、貧しいながらも幸せに暮らしているらしい。
だがグレーゲルスは、この親友に、真実を教えてやらなければいけない、と感じる。
人は、こんな欺瞞のうちに生きるべきじゃない、と。
それに彼は、他の男だったらそんな汚らわしい真実を知ったら耐えられないだろうが、ヤルマールならば立派に耐えられるはずだ、と考える。
真実を知ったその時こそ、理想の結婚が始まるのだ、と。

グレーゲルスは以前から父親に反発し、憎んでいたが、この日久し振りに話をして、ついに決別。
その夜のうちにホテルに移り、次いでヤルマールの家を訪れる。
空いている一部屋に下宿人を置きたいと話すのを聞いて、その部屋を僕に貸して欲しいと言い出す。
こうして彼は、ヤルマールの家に引越して来る。
彼は、親友ヤルマールが「欺瞞の中で無邪気に」生きていて、「彼が家庭と呼んでいるものが、嘘偽りの上に築かれたものだとは
夢にも知らないでいる」ことが見ていられない。
彼に真実を告げ、「嘘と偽りから救ってやる」ことこそ、自分の使命だと思い込むのだった・・。

数人で食事中、グレーゲルスがエクダル家の「毒された空気」だの「悪臭」だのと言い出すので、知人の医師レリングが怒り出す。
彼はグレーゲルスに、この家で「理想」の押し売りをするな、といさめるが・・。

グレーゲルスはヤルマールに、話したいことがある、と言って散歩に誘う。
妻もレリングも、やめた方がいい、と止めるが、ヤルマールは親友の頼みだから、と同行する。
この時、グレーゲルスは例のことを告げたらしい。
帰宅したヤルマールは、すっかり錯乱し、どうしていいかわからない。
妻も娘も、彼の異変に驚く。
彼は娘を外に散歩に出し、妻と二人だけになると、詰問する。
だが彼の納得のいく返事は返って来ない・・。
そこに、グレーゲルスが顔を出すが、二人の様子が、自分の期待したものとは違うので困惑する。

老ヴェルレが手紙を寄越し、そこに、今後は老エクダルは賃仕事をせずともよく、毎月100クローネを事務所から受け取れるようにする、
彼の死後はヘドウィクが、同じ金額を一生受け取れるようにする、と書いてあった。
ヤルマールはまたしてもショックを受け、やっぱり疑惑は本当だった、俺はこの家にいる必要がない、と絶望し、
引き留めるヘドウィクを振り払って出て行く。
ヘドウィクは泣き崩れ、母が慰める。
思いがけない成り行きに、グレーゲルスはさすがに困って、「良かれと思ってやったことだとは、分かってもらえるでしょうね」。
ギーナは彼をじろっと見て「神様があなたを許して下さればね」。
その後ヤルマールはいったん戻って来るが、彼の妄想はとどまることを知らない。
彼は、走り寄るヘドウィクを冷たく突き放し、顔も見たくない、と言う。
大好きな父親に嫌われたと思ったヘドウィクは、父のピストルを握りしめて納屋に入る。
銃声が聞こえるが、その後、彼女は出て来て長テーブルの上に藁を敷き詰め、その上に横たわる。
両親が彼女の遺体を発見して嘆き悲しむ・・・。幕。

~~~~~~~   ~~~~~~~~ 
肝心なことは、ヘドウィクの本当の父親が誰か、ということだが、ギーナは夫に問い詰められて「わからないよ」と答える!
「大旦那様」にレイプされた後、夫と出会って恋に落ちて結婚するまでの間が短過ぎたのだろう。
だが、それにしてもあまりにうかつ。
彼女は「もっと早く話しておけばよかった」と後悔するが、夫は、あの時それを知っていたら結婚しなかっただろう、と認めている。
やっとつかみかけた幸せを壊したくない一心で、自分の過去のことを話さなかったという彼女の気持ちはわかる。
だが夫も、当時だったら受け入れていたかも知れないのだが・・・。

そして愚かで子供っぽい男たち。
一人は苦労知らずで理想に燃える青臭いお坊ちゃん、グレーゲルス。
僕の「正義要求熱」がどうとか御託を並べるが、聞いていて実に腹立たしい。
自分は結婚もしていないのに、人にお節介をするより自分の頭の上のハエを追え、と言いたい。
この男のせいでエクダル家は破滅する。
もう一人は、彼に過大評価されちまったばっかりに、愛する一人娘を失ってしまう男、ヤルマール。
この男は、実は薄っぺらで中身がない。
いつか偉大な発明を成し遂げるぞ、と家族に向かって日々口にするばかり。
家計のことも妻に任せきりで、肝心なことを把握していなかった。
妻の過去を知ってショックが大きかったのは分かるが、自分の軽率な言動が思春期の娘にどんな反応を引き起こすか、まるで考えていない。
医師レリングが、何度も警告したのに。

14歳のヘドウィクは、素直で明るく、とにかくけなげ。
この情けない父親が大好きで、ひたすら彼を愛し、彼を信じている。
両親は、この大切な宝物を失ってしまう。

もう一つ、「大旦那様」はヘドウィクを自分の子供だと思っていた、というのも重要なポイントだ。
だがそのために、かえって子供を死に追いやることになってしまったとは、何という皮肉。
人々の思惑が渦を巻いて、悲劇を招いた。
一家が飼っていた野がもは、さまざまなことの象徴らしい。

今回、この戯曲の内容が、より一層理解できた。
演出にはあまり共感できないところもあった。


 




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